生産体制を整えて、働き方に多様性を生み出す
「仕事を細分化していくことで、個人ができる仕事の可能性が広がりました」と話すのは株式会社五十嵐工業所の専務・五十嵐康太だ。五十嵐工業所は、一般産業用機械の部品などを製造する機械加工会社。そのなかで例えば試作機用の部品を作ることもある。その場合、単品加工といい図面から1つだけ部品を削りだす。
「単品加工はひとりの職人がやるというのが業界の常識だったかもしれません。図面を見て、穴をどこにあける、どこをどれだけ削るということを読み込み、どんな材料を使うかという段取りをつけます。そして、材料を機械にとりつけて、プログラムを作る。その作業を一貫してひとりでやっていました」と教えてくれた。
しかしその作業は、知識とともに経験も必要となる作業なので、いわゆる熟練工と呼ばれる社員にしかできないことだった。それを分業化することによって、熟練工でなくてもできるような生産体制を整えた。
「例えばCADデータをもらえば、パソコン上でプログラムの部分は経験のない人でもできるようになりました。そのため、これまでは現場作業は男性のみでしたが、いまは製造工程でも女性に活躍してもらっています」という。
また、加工の履歴をデータベース化することで、似たような切削条件を検索できるようになり、例えばどういった工具を使うべきかなどを知ることができるようにした。
最新技術を導入し、業務の幅を広げる
生産体制の変革が働き方を変えた。そしてその変革は、業務の幅を広げていくことにもなった。代表の五十嵐三也はこう言う。「もともとは単品加工の方が仕事の割合としては多かったんです。けれども、ここ数年で変わってきました。そこで、なるべく仕事のすそ野を広げるためにも、単品の割合を下げて、リピート品の割合を引き上げていきました。そのためには、職人だけに頼らない生産体制へと変えていく必要があったんです」
そのためにも、例えば同時5軸加工機といった最新の機械を導入するなど、設備面での投資も進めた。同時5軸加工機は、普通の加工機で5工程かかるものを、同時に加工できるもの。当然、生産効率はあがる。それとともに、それまでできなかった曲面形状などの複雑形状加工ができるようになるので、業務の幅もぐんと広がる。導入時は、社内の誰にもノウハウがない状態だったという。それでも会社の未来を見据えて導入。ゼロから研修、講座、実地でノウハウを蓄積していったという。それとともに立ち上げられた新事業部は、現在では売り上げの3割ほどを占めるほどに成長したという。
分業が生んだものづくりのコミュニケーション
インタビューで話をしてくれた5軸事業部の早坂彩那はまさにそのCADCAMのプログラミングを担当している一人。「この会社に入ってからCADCAMをはじめました。前職は染織関係の仕事、その前は動物病院で働いていたので、まったく未知の分野でした。正直なところ自分で不得意と思っていた分野なので、不安はありました。でも、講習会など丁寧に学習体制を整えていてくれて、はじめてみたらとても楽しくやれました」と話してくれた。
五十嵐工業所の分業化は、社員同士のコミュニケーションを生み出した。職人というと、背中を見て覚えろといったイメージもあるかもしれない。実際、ゼロから最後まで一人で作業をしている環境ではそういう部分もあったかもしれない。しかし、早坂は「プログラムを作る、データベースで過去の作業履歴があるといっても、私は加工に関してはまったくの素人です。だから加工者の方とこういうふうに削っていきたいと話し合わないとプログラムは作れません」という。
実際に加工に携わっている機械加工部の五十嵐雄輝は「例えば、上面を削るとしても、1ミリ削ったら変な音がするから0.5ミリずつ削るようにしたほうがいいとか、現場でないとわからないこともあります。そういったことを密に共有しながら制作していくようになりました」と言う。
また、溶接部で主に溶接の工程を担当している本間匠もコミュニケーションは活発になったと話してくれた。「溶接という作業は、その作業のなかで材料が変形した入りするんです。それを計算しながら作業をするのですが、その部分を切削加工とも話し合いながらより品質の高いものを目指して加工をしています」
「分業」というと、作業を属人化させず、誰でもできるように定型化していくという側面がある。だからかもしれないが、どこか無機質な響きもある。しかし、五十嵐工業所の行った分業化の変革は、よりコミュニケーションを生むものだった。
「そういう点でみればローテクな部分にものづくりの魅力はあるのではないかと思うんです」と五十嵐康太は話す。
「生産性という部分では、最新技術、分業といったことはかなりの効果があります。しかし、ものづくりというのは、汗をかいて、社員同士が話し合い、ときにはぶつかり、出来上がっていく部分もあると思うんです。生産性とものづくりのそういう側面は、一見すると相反するようにも思えますが、実際にはそうではないことがわかりました。だからアナログ、ローテク、そういうところはいろいろな形で残していければと思います」
その1つの例として、五十嵐工業所が手掛けるトレーニングマシンがある。以前スポーツトレーナーをしていたという五十嵐康太が親交のあったメーカーから依頼されたものだという。ビジネスとしては大きな利益につながるものではないが、「なかなかトレーニングの理論がわかって、機械も作れるというのはいないので、作ってみようと動きました。また、社員の健康は大事にしていきたいというのもあり、そういったものづくりに協力したいという想いもありました」と制作に踏み切ったという。
五十嵐雄輝は「このトレーニングマシンは部品だけではなく、製品としてすべて会社で設計しているので、お客様はもちろん各部署と、こう作った方がいいんじゃないか、といったことをいろいろと話しながらできる。だからとてもおもしろいですね」と話してくれた。
本間も「部品だけだと、何のどこに使われているかわらかないこともあります。でも、ひとつのものとして目の前にできあがる製品に参加するのはとてもおもしろいです。さまざまな話し合いが必要で、非効率的な部分もありますが、それだけに一緒に作っているという感覚もありやりがいがあります」と話してくれた。
効率を求めることは無機質なものではない。新たなコミュニケーションが発生する変革でもあるのだ。五十嵐工業所が「誰でもできるように」と働き方の多様性を求めて進めた変革は、技術や経験の共有、そしてものづくりの楽しさを創出するコミュニケーションを生み出すものでもあったのだ。