世界から評価される有機栽培米
出羽弥兵衛株式会社は、約200年続く農家の15代目である板垣弘志が代表を務めている。同社が設立されたのは1999年のことだ。従来は農協を通してしか米を販売することはできなかったが、それが1993年に販売が自由化された。自由化になる以前から板垣は「農協に守られている時代は永久に続かない」「自ら売らないと生きていけない時代が来る」と予測しており、押し寄せる自由競争の波に太刀打ちすべく出羽弥兵衛株式会社を立ち上げた。当時同業者からは、農協が守ってくれるのに何やってんだ」と言われるなど逆風の中だったが、それでも自ら販路を切り拓き続けた。その後ほどなく、日本全体で輸入米の増加による価格破壊や生産減が起こり多くの農家が時代の流れに翻弄される形になったが、同社は順調に生産量を増やし続けた。
その後販売力を強化しようと、お米の自社ブランド化を図る。板垣自身が農薬に弱かったこともあり、農薬を使わない有機栽培米の生産を2000年代初頭に始めた。膨大な手間を要する有機栽培は非常に難易度が高く、当時は有機栽培米の生産自体が珍しくノウハウが少なかったため苦労の連続だったと言う。米ぬかとカキ殻を合わせたオリジナルの有機肥料を作成したり、一見奇想天外に思えるが日本海の水を田んぼに流すこともあったという。板垣が言うには「40億年前からプランクトンはたくさんいるはず。海水はミネラルも豊富だし、稲にも絶対いいに違いない」とのことだ。
試行錯誤のを重ねてできたお米は、通常のお米よりも栄養価が高くなり、味も抜群に美味しくなった。それが国内外の品評会で認められ、数多くの受賞を果たした。2024年には、ベルギーに本部を置き世界トップクラスのシェフやソムリエで構成される審査員団によって食品の美味しさを審査する国際味覚審査機構より、最高評価の3つ星と判定されるほどだ(SUPERIOR TASTE AWARD)。板垣は「安心・安全・健康的な有機栽培のお米は最高に美味しい!たくさんの方々に最高に美味しい農作物を味わってほしい」と想いを込める。
SUPERIOR TASTE AWARDで受賞したお米
拡大し続けるチャレンジ
現在では有機栽培米の他に、有機だだちゃ豆・有機大豆・有機ニンニク・みそ等を生産している。どれも全て生産から販売まで全て一貫して自社で行なっており、それは安心して食べられる農作物を届けたいという想いからだ。同社では他にも有機米を活かした餅やパスタなどの加工品も生産しているが、こちらの加工は現在は外注なのだという。しかし、前述の通り安心安全の食品を届けたいという思いから、加工品も自社で生産できる体制の構築を目指している最中なのだという。
また、生産した農作物・加工品がより身近に消費者に届くよう販路の拡大に励んでいる。加工餅は世界中に店舗を持つ超大型量販店でも販売され、有機栽培米などの一部の商品は海外向けにEC販売も行っている。今後は、商品の種類も量も大幅に増やし、本格的にEC販売の強化と海外販路の拡大の準備を進め、海外での商標登録申請中など、事業を次々に拡大し続けている。
さらに、庄内に大規模な乾燥調整施設も建設予定だ。これが完成すれば、ライスセンターと仮称で呼ばれる同施設が完成すれば、地域全体の米農家の生産性が上がり、より庄内の米の品質が上がるのだと言う。「米どころ庄内のランドマークのようになったら嬉しい」と板垣は笑う。
ミネラルたっぷりの水が育てる豊かな土壌
出羽弥兵衛が目指す未来
同社がEC販売や海外販路の拡大に力を入れるのは、農家としてしっかりと稼ぐことを目標にしているからでもある。会社としては2030年に売上10億円を目指している。板垣曰く、農家の多くの人は稼ぐことをあまり考えない控えめな人が多く、むしろ稼ぐことが悪かのような風潮を強く感じるらしい。しかし、それでは農業をやろうと思う若い世代はどんどんと減少し、世界に誇れる日本の農業が廃れてしまう。「農家が適切に田畑を管理していることで、人里の害獣被害を防止できる側面や、高齢者の働き口としても重要。農家は地域になくてはならない存在。有機栽培という意味でのSDGsもだが、農家が適切に稼いで次の世代に繋いでいける持続可能な農業を目指したい」は板垣は語る。
さらに自社で生産した農作物を全世界に届けることで、山形庄内が注目されるきっかけになりたいとも語る。「山形庄内のお米・農作物は本当に素晴らしい。恵まれた自然に囲まれていて、お米づくりの命と言える土のレベルが高い。私たちが作った農作物をきっかけに世界中の人が庄内に遊びに来て、庄内の自然や土を体感してもらいたい」と熱く語ってくれた。
圧倒的なスケールとスピード感で事業を拡大し続ける出羽弥兵衛。周囲からうまくいかないと笑われるようなことも情熱だけでやれると信じてここまで来た。板垣は「65歳になったが世代を超えて若い人をどんどん刺激したい。そして、米はダメだと勝手に諦めてる農家に、「米作ったらこんなに儲かるの!?」って、夢をたくさん植え付けたいですね」
全国の農家のロールモデルになろうと、今日も農作物と向き合っている。