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子どもたちのため、大人たちが能動的に学び行動する

(福)三瀬保育会 幼保連携型認定こども園三瀬保育園 / 保育教諭

インタビュー記事

更新日 : 2023年11月08日

山形県鶴岡市の南部に位置し、日本海に面している三瀬。三方を山に囲まれ、三本の川が平野部に流れることからその名前がついたと言われる。海と山そして森と、豊かな自然があふれる地域だ。そこにあるのが今回訪れた、幼保連携型認定こども園三瀬保育園だ。子どもの自主性を重んじることをうたうこちらではどんな教育・保育が行われているのか。そして、子どもたちの環境づくりのため、保育教諭、スタッフはどんな働き方をしているのか聞いた。

(福)三瀬保育会 幼保連携型認定こども園三瀬保育園 事業概要

山形県鶴岡市三瀬にある幼保連携型認定こども園。豊かな自然環境のなかで心豊かなたくましい子どもに育ってほしいとの願いのもと
(1)多様な価値観の中でお互いを認め合い、
(2)子どもの主体性が育つ環境を用意し、
(3)誰もが安心して過ごせる教育・保育。
を理念に掲げ、子どもたちの自主性を重んじた教育・保育を行っている。人との関わりも重視し、たて割りではなく異年齢教育・保育を積極的に進めている。そのほか、保育教諭やスタッフなど園に関する人々はもとより、地域の人たちと関わることにより、人間関係のなかから「生きる力」を学んでほしいと考えている。また、科学的知見に基づく教育・保育を掲げており、最新の教育・保育を学び、子どもたちによりよい環境を提供するために、保育教諭の園外での研修や大学の研究者をはじめとした専門家を招聘しての勉強会なども行っている。これは子どもたちに向けた環境だけでなく、一人ひとりに対応できるスキルや理論を学ぶことで、保育教諭やスタッフが日々の教育・保育における問題を解決できるようにとの狙いもある。ここで学んだことをすぐに園に提案し、形にすることも園としては支援しており、保育教諭やスタッフの働く環境をより良いものにしていくサイクルを実現している。

教える教育・保育から学ぶ教育・保育へ 

 海、山、森。鶴岡市三瀬地区の豊かな自然を活かした教育・保育を進めている三瀬保育園。田んぼのなかに建つ園を訪れるとまず目に飛び込んでくるのが園庭だ。園長の本間日出子が「子どもたちが挑戦できる園庭になっている」と言うその園庭には地元の木材で作ったタワーやデッキ、中央には誰でも遊べる築山があり、そのほかにもさまざまな遊具がある。元気に遊び回る子どもがいる一方、一人真剣に築山に挑む子どももいる。そんな、子どもたちの自主性を育む空間が広がっていた。「三瀬保育園が設立されたのは1986年のことですが、9年ほど前から、(一方的に)教える教育・保育は少し違うのではないかと感じて、子どもたちが自発的に学ぶ環境づくりを進めました」と園長の本間は言う。その象徴のひとつが「子どもたちが挑戦できる園庭」だ。

 現在園庭になっているところを整備する際に、近くに森があるので遊ぶときはそこに行けばいいから、ここは一部駐車場にしてもいいのではないかという意見もでたという。そのなかで「里庭のようにしたらどうか」という意見があった。そうしたときに園庭の環境について研究している人物に出会う。さらに建築家も加わり、森で遊ぶことと連動できる園庭の設計を進めていった。

「遊具は既成のものを導入するのではなく、ゼロから作っていきました。その際に、地元の木材を使うようにして、遊びの中でも、自然のことや地域のことといったことに無意識に触れられるような園庭にしました。そして、築山や木のテーブルなど、さまざまなアイテムを用意して、子どもたちが自主的に選び、行動できる環境を作っていくことを進めていきました」と本間は話してくれた。

 教える教育・保育ではなく、子どもたちの自主性を重んじた学びを目指して再出発した9年前。そのために必要なのは「保育教諭やスタッフが能動的に学び、行動して形にしていくこと」と本間は考えた。「認定こども園は子どもの一時預かり所ではなく、教育・保育の場です。だから、子どもが中心にいるのは当然です。しかし、それを黒子として支えるのは保育教諭をはじめとした大人です。だから、私たちが積極的に最新の教育・保育を学び、そしてそれを実践していくことが必要で、職員のスキルをアップしていくことが、結果的に子どもたちのためになる。そのため、9年前からさまざまな研修、勉強会を開くようになりました」という。職員の能動的な学びが、子どもの自主性を重んじた学びにつながる。そう考えて、ほかの園ではあまり見ることのないほど、職員への学びの機会を提供しているのだ。

自ら学び、理解し、実践する

 この「自主的な学び」に共感して保育士(当時はまだ保育園だった)として就職したのが、現在主幹保育教諭を務める佐藤奈美だ。以前は東京で幼稚園の教諭をしていたが、結婚を機にUターン。2015年に三瀬保育園の職員となった。

「のどかな自然環境でのびのび子どもたちが育つのはとてもいいなと感じました。振り返ると、幼稚園の教諭をしていたときには、たとえば子どもたちをひとつの部屋に集めて、お絵描きをしましょうねとか、おりがみをしましょうねとか、教諭がやることを決めて、うまくやれるように指導していました。大人のお仕着せといった感じがあったように思います」と佐藤は話す。

 自身が経験した職場では、教諭をはじめとした大人たちの視線は、子どもたちよりも大人たちの方に向いていたと感じているとも話してくれた。「なんでやらせないのとか、なんで覚えさせておかないのとか言われることもありました。でも子どもたちの『やりたい』という気持ちを優先した教育・保育をしてみたいと思ったんです。それができる環境がここにはあったんです」と言う。

「でもそれはなかなか難しくもあります」と佐藤は言う。それに気づかせてくれたのが、三瀬保育園での研修だったそうだ。三瀬保育園では、園外の研修はもちろん、園にさまざまな専門家を招聘して多くの学びの場を提供している。例えば現在は、山形大学で特別支援教育の研究をしている三浦光哉教授に定期的に園に来てもらい、日々の教育・保育についての相談や保育教諭のスキルアップを進めている。また、「週2回、別の専門の先生に来ていただいて保育教諭だけではわからないことを教えていただいています。へたをすれば『困った子だね』で終わってしまう危険性もあったのですが、先生から教えてもらって仮説を立てていき、それを実践するということができています」と園長の本間は言う。

 そういった学びのなかのひとつで、佐藤は、当たり前だが普段の教育・保育のなかではなかなか意識できない、子どもたち一人ひとりというキーワードに気づいたのだそうだ。

「ある先生のお話で、子どもが『できない』といったとき、まず意識しないといけないのは、その子は『困っている』ということなんだ、とおっしゃっていたんです。できないことが問題なのではなくて、困っていることが問題なんですね。その困り方は一人ひとり違う。だから、じっくりと子どもの話を聞いて、その子に合わせて、どうしたらできるか、わかるかを丁寧に考え行動していかなくてはいけない。その子ども一人ひとりに合った促しをしないといけないからとても時間も労力もかかることなんです」と佐藤は話す。しかし、そう話す佐藤の顔は楽しそうだったのが印象的だ。「これまではある意味ルーティーンで仕事をしていたように思いますが、いまは自らが学んで理解して、そして実践して振り返るということができている。それがとても楽しいんです。三瀬保育園にはさまざまな学びの場があります。そして今いる子どもにあった環境に自分たちの意見で変えていける環境があります。とてもやりがいのある職場だと感じています」と佐藤は話してくれた。

顔の見える人間関係

 三瀬保育園の特徴のひとつに「人間関係から生きる力を育む」というものがある。それは子ども同士の人間関係によるところが大きいことから、異年齢教育・保育を積極的にとりいれ、年上、年下さまざまな子と交わること、ときには衝突することで学びがあるという。加えて大人たちとの関係も子どもにとっては大きな学びになると佐藤は言う。ともにインタビューに答えてくれた環境担当の五十嵐哲也との関わりを見てもそう感じると話してくれた。「五十嵐さんが作った棚があるんですが、子どもたちはその棚を『五十嵐さんが作った棚』とちゃんと意識して使ってくれているんです」と言う。

 五十嵐は教育・保育関係の仕事から転職してきたわけではない。消防設備関連の仕事などをしていたが、あるとき三瀬保育園でバスの添乗員の募集をしていることを知り職員として仕事を始めたそうだ。

「大人の手助けが必要な子がいて、その子に補助者として関わったこともあります。その後、環境関係の仕事をするようになり、子どもたちのための遊具や玩具、そのほかテーブルや棚といったものも作るようになりました。それらは先生たちから必要だからと言われて作ることもありますが、子どもたちの意見や性格を見ながらこちらから作ってみてはどうかと提案することもあります。その環境はとてもやりがいがありますね」と五十嵐は話してくれた。

 作っている姿を子どもたちに見てもらうことも大事なことかもしれないと五十嵐は言う。作業をしていると園庭で遊んでいる子どもたちが集まってきて「何を作ってるの」「どうやって作るの」「手伝ってもいい?」と興味をもって話しかけてくれるのだという。これも三瀬保育園の掲げる「子どもたちの自主性」に間違いなくつながっている。大人たちが、能動的に動くことが、子どもたちの自主性につながる。理想的なサイクルができている証拠だ。

「今後できることなら子どもたちを釣りに連れて行きたいなと思っています」と五十嵐は言う。「年長になると全部できるようになるぐらいになってほしい。釣りって仕掛けをつくるところから釣って魚を外すところまで全部自分の責任なんです。それを子ども自身が全て自分で考えて行動するということをやってほしいなと考えています。そのなかで、自分で考えて行動する力をつけるとともに、自分で責任を持つことの大切さと楽しさを感じてほしいと思っています」

 続けて佐藤は「三瀬保育園はいろいろな体験をしているのでそれはぜひ知ってほしいですね。ただし、それを子どもたちにもきちんとフィードバックしたい。子どもたちの自然体験などの活動の様子を、ブログやお便りでお知らせしていたのですが、それは親御さんや対外的なもの。実は子どもたち自身が振り返る場がなかったので、写真や子どもたちでも読めるメッセージを園の壁に貼るようにしたんです。そうすると、このかぼちゃ大きかったよねとか、森のなかにはあんな虫がいたよねとか、いろいろな反応がありました。そうした動きがすぐにできるのが三瀬保育園で働いていてよかったと思うところですね」と話してくれた。

    

インタビューの最後に園長の本間はこう話してくれた。「当園では働く人にも意味のある場になってほしいと思っています。子どもたち一人ひとりはそれぞれ違って、それぞれに向き合う必要があるというお話をしましたが、大人にとっても、例えば幸せの定義はひとそれぞれだと思います。教育・保育の現場でいいパフォーマンスをすることがそのまま幸せにつながることもあるでしょう。しかし、もしかしたら違うこともある。研修や日々の仕事のなかで学んでもらうことが、子どもたちのためになるというだけでなく、学ぶ職員本人の人生にとっても意味のあることであってほしいと思っています」

 子どもの自主性を重んじる環境。それは、保育教諭やスタッフ、園に関わる大人たちの能動的な学び、行動によって生まれるものであるはず。それが実現できる環境が三瀬保育園にはあった。