訪問看護の必要性
「つながり」という名前を社名にしたコネクト株式会社は、「とるて」という訪問看護ステーションを運営する会社。「とるて」というその名前は、「手と手を取り合って助け合いながら生きていく」という意味が込められている。
厚生労働省の報告によれば、2019年の時点で全国で約55万人だった訪問看護利用者数は増加し、それに伴って訪問看護を提供する施設も2021年時点で全国約13,500カ所と、2010年からの10年で約2倍になっている。これには病院や診療所などの医療機関も含まれるが、現在では指定訪問看護事業所として認定される訪問看護ステーションが、サービス提供のうち90%ほどを占めている。それだけ、在宅でのケアの必要性が高まっているということだ。
訪問看護とは、自宅に看護師が訪問し、医師などの指示に基づき医療行為を行うもの。そういうとイメージとしては、注射や投薬など病院で行う医療行為を単純に自宅でするものとなるかもしれないが、それだけで終わるものではない。公益財団法人日本訪問看護財団の「訪問看護の現状とこれから2022年版」によれば、利用者の傷病別内訳は、脳血管疾患が12.9%と最も多く、次いで認知症、悪性新生物、筋肉骨格系と続く。ということはつまり、身体の自由が利かない人が上位を占めるということだ。そうなれば、食事など日常生活の補助も必要となる。利用者一人一人にカスタイマイズして多様なサービスを提供する必要があるということだ。
最期を住み慣れた自宅で過ごしたい
コネクト株式会社の代表取締役堀将は、これまで介護業界で活躍してきた人物。自身も介護員として現場にいるほか、別会社で介護施設を運営している。その経験から、要介護者のなかで医療依存度の高い人に柔軟に対応するためには、医療行為を行える看護師が必要だと感じていたという。
また「死ぬときは自宅で死にたいと言いながら、それがついにかなわなかった方がいたんです」と堀は話してくれた。
「以前ご支援させて頂いた方で、家に帰りたいとずっと言っていた方がいたんです。その方はその思いを残したまま、お亡くなりになりました。かといって地域を全力で支えてくださる病院の力は絶対にして必要不可欠ですし、特に主治医や病棟の看護師の考えも根本に取り入れなければ、その方の命が早まってしまいます。ただ、介護現場にいる人間としては、じゃあ家に帰ればいい、と簡単には言えません。ご家族の負担も大きくなってしまうからです。それでも最期は自由に選ばせてあげたいという想いはありました。看取りは住み慣れた家でという選択肢も提供してあげたかった。そのためには、介護も医療も万全、ケアとキュアの両方を行える体制が必要だと思ったんです」
その想いもあり、「とるて」ではガン末期や終末期にある患者のターミナルケアも行っている。現在では介護の側面が強くなってきたというが、開所当初はそういったご利用者様も多かったという。「家で死にたい」というご利用者様の想いとご家族様の負担、その双方が笑顔になれる体制を目指し、訪問看護ステーションを開所した。
スタッフが笑顔でないと幸せになれない
ただし、それだけでは終わらない。介護、看護を必要とする方、そしてそのご家族様。そのふたつが笑顔になること。では、その負担を誰かが担えばいいのかといえばそうではないはずだ。堀は「看護師、ヘルパー、事務員を含めた、すべての人が自然と笑顔になれないと幸せにはなれない」と言う。
現在看護師として活躍するほか、ステーションの管理者も務めている勝(かつ)真澄は、東京で看護職を数年経験したのち出身である庄内へ戻ってきた。それまでの経験を活かし、看護職を探し、酒田の訪問看護ステーションなどで働いた。「言葉として正しいかどうかわかりませんが」と前置きしたうえで「いわゆるブラックなところもありました」という。「ただし、看護師やヘルパーが無理を押してサービスを提供するというのは、結果的に利用者さんに迷惑がかかることになるんです。作業上のミスはあってはならないことですが、それとともに訪問看護は一対一なので、その場の雰囲気が非常に大切な現場です。私たち看護師が暗い顔をしていれば、その空間は間違いなく暗くなります。それはやはり好ましくない状況だと思います」
そこで堀が責任者になって最初に着手したのが、就業環境の改善だった。まずは「時間」を短縮するためにICTを導入し、多くの情報を電子化していった。「業界柄なのかわかりませんが、多くの場所ではそれまでは日報やご利用者様の状況などすべて手書きで行っていました」
そう話すのは看護師であり所長補佐を務める阿部仁美だ。「例えば、日中はそれぞれのご利用者様の家に訪問してサービスを提供し、報告などの事務的な作業は日中の作業が終わりステーションに帰ってきてからしていました。それがICT化されることによって車での移動の合間にやれるようになりました。そういったちょっとしたことで、時間の短縮、時間の有効活用ができるようになりました」
またICT化は医療の現場でも省力化につながっているという。「ご利用者様の状況を電子化することによって、情報の共有がスムーズになりました」と話すのは、ステーションで事務全般を担当している角掛淳子。「現在約50人ほどの定期的なご利用者様がいます。もちろんそれぞれに必要な処置は違います。またなかには緊急を要することが起きる場合もあります。そのときに『あの人はどうだったっけ?』となっていては、ムダな時間が発生してしまいますが、情報を電子化することによってスタッフの全員が情報を共有できるので、非常にスムーズに対応ができるようになりました」
また鶴岡地区の電子カルテシステム「Net4U(ネットフォーユー)」や庄内地区の「鳥海ネット」など、地域の医療機関が管理するITネットワークともつながり、ご利用者様の病状などにもすぐにアクセスできる体制をとっている。そのため、わざわざ時間をかけてアナログ的に照会する必要もない。勝は「医療、介護、看護の三角形が双方に連絡を取り合い、ご利用者様に必要なことは何かをすぐに把握し、処置をしていく。そのためには電子ベースのネットワークはとても重要だと感じています」。これらの取り組みは省力化とともに、サービスの質の向上にもつながっているのだ。
デジタルとアナログと
「ただし・・・」と阿部はいう。「ただし、基本は一対一のサービス。現場が一番大切なことは変わりません。現場でタブレットとにらめっこというわけにはいきません。ご利用者様との会話やその場の空気でしか分からないこともあります。だから、見る、聞くというアナログな部分が最も重要ということは変わりません」
勝、角掛も同じようにアナログな部分の重要性を語る。「ご利用者様の家から直帰することもありますが、ステーションに戻ってスタッフと話をするのも大事。そこでの何気ない会話からいろいろな情報を得られることもあります。何より、仲間と話をするのが楽しいというもありますが」と勝が言えば、角掛は「私は現場には出ないので、そういう雰囲気を作っていくことが目標です。看護師、理学療法士、そのみんなが笑顔で現場に向かえるような環境を整備していければ自ずと地域の人からも必要とされるステーションになるのかなと思っています」と話してくれた。
勝は「みなさんがいてくれてよかったと声をかけてくれる瞬間はやはりとても嬉しい。病人、けが人でもきちんと家族として過ごせるための存在でありたいです」と言う。同じように阿部は「本来、病院にいるという状況が家族の姿ではなく、家や地域にいて生活をするというのが家族の在り方ではないかと思います。自分たちの好きなように暮らすこと。その為に看護が必要であればお手伝いをする。そうして地域に貢献できればうれしいです」と最後に話してくれた。家で家族と過ごす。当たり前のようにも感じられるその状況を支えているのが、訪問看護という仕事なのだ。