鉄骨から街づくりに参加する
1978年の創業以来、40年以上鶴岡の地で鉄骨製造業を営んできた成澤鉄工所。専務取締役の成澤拓は「これからも地域としっかりとつながっていきたい」と言う。もともと農家を営んでいたところ、自宅の隣の農機具倉庫に機械を入れて簡単な鉄骨製作を始めたところが成澤鉄工所の始まり。だから周囲の仕事から始まり、地域の仕事へと続いていったという感じだった。それが続き鶴岡の銀座通りアーケードが作られるときには成澤鉄工所も参加した。同業者とも協力しながら地元の仕事を行ってきたが、バブルの崩壊やリーマンショックなどで現在地元鉄工所は最盛期の3分の1ほどに減ってしまったという。この状況を見て成澤はこう言う。
「減ってしまったからこそ我々は地元の仕事をやる責任があると思っています。特に当社は学校などの公共建築物関連の仕事も多いので。ただしこれまで8対2ほどだった地元と県外の売上割合がいまは半々ぐらいになっています。これは工事そのものの数が減ってきているという現実も関係しています。だから地元を盛り上げたいという気持ちも大きいです」
会社として街を盛り上げるという意味でひとつの例として挙げてくれたのが、サイエンスパークやSUIDEN TERRASSE、KIDS DOME SORAIの仕事だった。
「これらは正直なところけっこう難しい仕事ではありました。昔の職人なら“何で四角くないんだ”って怒るぐらい(笑)。でもプロジェクト全体を見渡してみると夢がある。子どもたちにも絶対に楽しいものだと思いました。鉄骨は建物が完成したときには隠れてしまうものなので、外見からはわかりませんがプロジェクトとして参加できたっていうのはすごくうれしかったです」
建築鉄骨が売上の90%を占めるという成澤鉄工所は鉄骨から建築物、ひいては街づくりに参加しているのだ。
成澤は続けてこう言う。「会社としては社員の若返りを模索しています。感覚ではありますが、発注者側つまりお客さんも若い人へ変わりつつあるという感じがしています。お客さんとともに建物を建てるというのが我々の仕事。その作業のなかにはいろいろな業者、人が関わってきます。そこに関わる人間たちは目線の近い人同士のほうが、活発な意見が出てきてよりいいものを作れるのではないかと思っています。だから当社としても若返りをしていきたいと考えています」
“鉄骨は隠れてしまうもの”
さきほどの成澤の言葉に「鉄骨は隠れてしまうもの」というものがあった。鉄骨が入る完成品はあくまでも“建物”。できあがってしまえば鉄骨は目にすることはない。「でも我々はモノ作りをしているという意識で仕事をしています」と成澤は言う。
今回インタビューをした新舘、梅木もその感覚を持っていた。梅木は「建物が残っていくのがこの会社で一番楽しいところ」と言う。
「私はこれまで美容師という建設業界とはまったく別の職についていました。もともとメイクも含めたアーティスティックな方面の美容が好きで美容師になろうと思ったんです。でも就いた職業は美容師で日常のカットとかカラーリングとか、言葉は悪いですけどルーティーンというかそういうのがメインなわけで。そこに葛藤があったんです。それで一度庄内に戻ってきたんです」
そこからいろいろ考えていたのだが、友だちの紹介でたまたま成澤鉄工所に入社した。「まったくわからない業界でした。私はもちろん現場で仕事をしているわけではないですが、自分たちの会社が関わった建物が街に残っていくというのがすごくうれしかったんです」と話してくれた。
また高校の自動車科で学び、群馬県の自動車関連会社に就職した新舘は「いま最終製品にするための本溶接というものはほぼ専門の業者さんにお願いしているんです。それを見ていると自分でそこの部分がやれるといいなと思っています。そうすれば、最後までひとつのモノに関われたという実感は必ず大きくなる。そうするとさらに先、つまり建物のところまでもっと具体的に想像ができるんじゃないなかと思います」と話す。
オートメーション化と人間の仕事
建築鉄骨は毎回設計が違うので、それぞれカスタマイズして製作しなくてはならない。成澤鉄工所では図面を発注者からもらったあとに施工図をおこし、製作、完成、場合により据付まで行っている。その作業のなかで納期短縮、高品質、ローコストを実現している。さらにそれを進めるためにオートメーション化を積極的に進めている。できる範囲でロボットを導入、さらにはロボット製作会社と協議を進めてロボット開発にも取り組んでいる。
ただし、先ほど言ったように建築鉄骨は毎回設計の違うものだ。だから簡単な流れ作業のロボットですべてが完結するわけではない。逆説的な言い方になるが高い品質を保つためには人間の仕事が占める部分も大きいのだ。だから成澤は「モノ作りの意識」と言うのだ。技術、技能のスキルアップを常に心がけ、研修などの制度も整備を進めている。さらにそのうえで、時には立ち止まってモノがどのように社会なり人なりに貢献していけるのかといったことを考えてモノを作るようにしているということだ。
群馬県からUターンで入社した新舘は「家に帰ると人がいるというのは新鮮ですね」と自身の生活のなかから話してくれた。続けてこうも言う。
「人がいるという意味では、この職場はすごく“人”がいいと思います。自分が想像していたより歳の近い人がいて気楽に仕事ができるし、先輩からはいろいろ教えてもらえる。人とのコミュニケーションはすごく円滑で職場環境としてはすごくいいと感謝しています」
成澤鉄工所では従業員同士のコミュニケーションを活発にする制度も多く用意している。「例えばバーベキュー大会とかもあるんですが、こういうのを嫌がる人もいるのかもしれません。でも群馬で知り合いもいなかった状況を振り返ってみると、こういうのってやっぱりいいものだなって思います。自然と仲良くなれますしね」
人とのコミュニケーションが円滑というのは取材の随所で感じられた。取材の中で写真を撮らせていただくときはどうしても仕事の手を止めてもらうことになる。そんななか、どこへ行っても従業員の方は楽しそうに声をかけてくれたし、こちらの無理な相談も快く聞いてくれわざわざ溶接作業も見せてくれた。その向こうでは海外からの研修留学生に丁寧に指導している姿も見られ、モノ作りの技術継承の一端が見た気もした。