庄内の農業の未来を描く
「SHONAI(山形県庄内地域の)、ECOLOGICAL(自然共生/有機)、AGRI(農業)、DESIGN(課題解決/経営)、SCHOOL(学校)」。それぞれの頭文字をとって、SEADSと名付けられた。鶴岡市のほかに、JA鶴岡、JA庄内たがわ、山形大学、東北芸術工科大学、鶴岡高専、庄内農業高校、ヤマガタデザインという、産学官の8者が連携して研修生をサポートする という全国でも珍しい研修機関だ。
新規就農を促進し、地域の農業を発展させていくというのがSEADSの大きな役割のひとつだ。”有機農業をはじめ持続可能な農業の技術・経営を、座学と実習を通じて学ぶ”という言葉を掲げ、2年間の研修カリキュラムを組んでいる。上記の8者による連携協定(「農業の人材育成・確保に関する協定」)により、それぞれが得意とする強みを活かしオール鶴岡体制で研修生の就農をバックアップする。
カリキュラムは、農業経験ゼロでも農業経営ができるようになるという理念のもと作られている。座学と実習の2軸で構成され、座学では植物の生長の仕組みといった栽培に関する知識や、就農後即必要になる簿記や青色申告の方法なども学び、加えて事業計画の策定や農業における収支構造等、経営に関することについても学ぶ。さらに、実習では市内で営農している農業経営者のもとで研修をすることで、現場のリアルな栽培技術・経営能力を身につける。
また、研修施設は宿泊機能を有しているので、研修開始時の負担が少なく農業を学べる点も大きな利点だ。県が運営していた保養所を東北芸術工科大学監修のもと、研修施設としてリノベーションして活用している。もともと客室として利用していた場所なので住環境は充実している。しかも授業料は月1万円、宿舎使用料も月1万円(水道光熱費として)、食材費を月6000円納めれば平日の夕食が提供される。住む環境に困らずに学び続けられる。これはSEADSの大きなメリットの1つだと言える。
そしてもうひとつ新規就農を目指す者にとって大きいのが、地域との交流をサポートしてくれることだ。農業は作物を生産するだけではなく、日々の生活とつながっている。農業を学ぶ段階から地域に馴染むというのは、就農にあたって大きな助けとなる。
地域との連携が農業を持続可能にする
SEADSで教務を担当する小野颯太は、現在の農業を取り巻く状況について「農業人口の減少により、一人当たりの農地面積は大きくなってきています。近い将来、家族経営や個人経営では農業を進めることができなくなる時代が来ると思います。これからはチームとして農業に取り組んでいかなくてはいけない。それが持続可能な農業の方向ではないでしょうか」と言う。
小野は東京出身。大学3年生のときに農業を一カ月体験し、その後4年生のときに、アジア学院という農業や畜産など持続可能な方法でともに生きるためのアイデアを分かち合うコミュニティで1年間ボランティアを経験した。大学卒業後、最初は農業生産の仕事を探していたが、そこから“地域社会”というつながりまで視野を広げたところ、SEADSの活動が目に留まったという。
持続可能とチームというキーワードで考えると、やはり地域という言葉が浮かんでくる。SEADSでは先も紹介したように研修生と地域の交流をサポートしている。現在、研修1年目の実修では地元の生産者のもとで行うカリキュラムも組んでいる。「1年目は鶴岡市の農業を幅広く学ぶようになっているんです」と説明してくれたのは、SEADSで広報を担当する白幡千香だ。
「鶴岡市で盛んに栽培されている研修品目(メロン、えだまめ、ミニトマト、きゅうり)の中から、入校前にヒアリングをして実習先を決定しています。1年目は地域に慣れるという意味と、研修や農業アルバイトなどを通じて、幅広く鶴岡の農業や文化を知っていただく期間であり、そして地域の皆様から自身のやりたいことを知ってもらう期間でもあります。研修を通じて地域の方々からの信頼を得て、農地や住居の情報を得る研修生もいます。」
そして2年目はオーダーメイド型で実習を行う。1年目の学びを踏まえて営農開始時の品目を選定し、技術習得と営農計画の策定に取り組み、翌年4月からの就農に備える。
地域農業の”よろず相談所”となる学校
現在、SEADSの2年生として学ぶ青木麻衣は、夫である青木周平とともに東京からIターンで入校した。「もともと食の中でも特に食材というものに興味がありました。だからどうやって関われるだろうと考えていたんです。とはいえ、何を作りたいのか、何が自分には作れるのかなんて何を基準に判断すれば良いのか分からなかった」。まずは情報収集からと思い、東京で開催された就農イベントへ参加。そこでSEADSを見つけ、可能性を感じて鶴岡へ来たそうだ。「大きなイベントでしたが、強く感じたのは、イベントに出展している大半のブースは“どこで・何を”作るかを明確に提示しているため、そのビジョンが明確になっていない私達には怖くて飛び込めなかった。一方、SEADSは“山形県の鶴岡市で・何か”を作ろうと呼びかけているように感じた。ここでなら幅広く学習し、自分で興味をもったものを育てることができるのではないか、単に育てるということだけではなく、ここでなら刺激を受けながら、可能性を拡げる学びを得られるかもしれない」と直感的に感じたそうだ。
もともと引っ越しが多く、国や文化が変わるのは慣れているというが「今回は家も仕事も同時に引き払って来たのである程度の覚悟はあった」という。
「でもその覚悟がここで暮らしていく中でひとつ肯定された気がするんです。鶴岡市に縁もゆかりもないところから移住してきているので、地域や人とのつながりがすごく重要だと感じています。何も知らない移住者にとってSEADSという受け入れの器があり、その器を通して出会った農家さんやサポートしてくれる方々との距離が近く、すでに鶴岡市の人々と文化のファンになっているんです」。そう話してくれた。
その話を受けて、「たしかに年配の農家さんのなかには、“農業はこうやらないといけない”と考えがちな方もいらっしゃいます」」と切り出したのは、地元鶴岡で農家を営む両親のもとに生まれ育った冨樫英司だ。日本の農業は家族経営が多く、過去の経験を後世にそのまま伝えられるメリットがある一方、新しい技術や考え方への変化に気づきにくくなってしまう側面もあるという。
冨樫は一度民間の企業に就職したのち、実家の農業を継ぐことを決めた。それを父親に話した時の第一声は「農業はやめておけ」だったという。
「兼業ならまだしも専業はやめておいたほうがいいと言われたんです。それで本当にそうだろうかといろいろ調べ、その一環で地元の鶴岡に新しくSEADSができると知り、話を聞きに行きました」
説明会では、例えば日本の農業は肥料の自給率が低く、海外、特に中国からの輸入をストップするだけで農業は立ち行かなくなってしまうほど、「経営」の観点で見ると持続可能性が低いことを知ったという。
「実際に、いまロシアとウクライナの間で起きている戦争により世界が混乱していて、来年の肥料は価格が高騰して、最悪足りなくなるのではないかと言われています。農業を事業として進めていく上では肥料の確保は非常に重要なことのはずなのに、ほとんど知らなかった。だからきちんと勉強して農業を経営できたらいいなと思いました」そして、と続けて「このままだと農業に未来を感じなくて離農する人が増え続け、耕作放棄地がますます増えていき、地域の農業が危ない。自分ができることは少なくとも、なんとか力になりたいと考え、入校を決意しました」
冨樫は第一期生の修了生で、すでに農業経営を始めている。選んだ品目はミニトマト。ちなみにミニトマトは元々好きではなく、むしろ嫌いだと言う。だがSEADSの研修で学ぶうちに、その奥深さと難しさに次第に惹かれていき、遂にはミニトマトを選んだそうだ。
「『農業経営』の観点でもミニトマトは可能性に溢れている品目だと思っています。SEADSで学んだことを生かし、消費者に満足してもらえるミニトマトを育てて売っていきたいと思っています」
現在は「つるおかミニトマトラボ」という組織を立ち上げ、有志と共に日々ミニトマトの改善に取り組んでいる。「チームで農業する」ことを、実践しながら農業経営をしているのだ。
先ほど話をしてくれた青木麻衣と一緒にSEADSに入校したという夫の青木周平。「もともと地方で暮らすということに興味があったので、妻がSEADSを見つけてきて、それに便乗したのが本音です。でもSEADSで農業を学ぶうちに農業にはさまざまな可能性があるなと感じました」
その一例として挙げてくれたのが、就農品目としても検討を進めている庄内柿だ。「そもそもこんなにおいしいんだからもっとアピールをすればいいのにと思いますね。庄内柿は本当に美味しい。また、食べること以外にもいろいろ活用したい。渋柿である庄内柿の渋まで余すことなく使える魅力に溢れているんです」。靴製作、整備士、リノベーション工事の知識も持つ青木周平ならではの視点かもしれない。良い作物を作ることはもちろんだが、農業の可能性はそれだけにはとどまらない。違った視点から見つめて自由な発想が出てくるのは、社会人経験のある人が集うSEADSならではである。農家で生まれ育った冨樫も「SEADSは社会人経験のある人がたくさんいます。しかも地元の人間だけではない。そういう人たちと交流できたのはよかったなと思います。いろいろな経験を聞くのは楽しく、自分の就農に対する考えが作られていった時間でもありました。SEADSの研修生も、生産者の方も、それぞれ農業に対しての考え方が違う。それを受け入れて自分なりに昇華していけたらいいなと思っています」と話してくれた。
二人の研修生と修了生の話してくれた実感はまさにSEADSが「鶴岡市の農業のハブ」を形成している証拠ではないだろうか。新規就農を目指す人たちが、地元の生産者に学ぶ。そして青木麻衣の言葉を借りれば「新参者」だからこそ気付くことや新しい発想を共有する。そしてそれをともに新しい形へと発展させていく。SEADSが地域農業と密接に関わる大きな意味がこの「交流」にはあるのではないだろうか。SEADSは新規就農者を増やす学校であると同時に、これからの農業の在り方を、地域の農業従事者たちと共に学び、実践していく場でもあるのだ。白幡も「研修生の活躍が地域との繋がりを増やしてくれているように思います。それは私たちにとってもすごくうれしいことです。これからも少しずつ着実に活動が広がっていくといいなと思います」と言う。そして小野はこう話してくれた。
「地域生産者のよろず相談所のような場所になれたらいいなと思っています。卒業生が困ったときに聞きに来るのはもちろんのこと、地域生産者の方も困ったらいつでも聞きに行けるような場所。日常的に生産者の交流の場として機能できる場所にしていきたいと思います」地域と一緒に創る、持続可能な農業の姿がここにある。