昔ながらの「壺やきいも」が人気
酒田市の中心ともいえる繁華街、酒田中通り商店街に「そらいも」という人気店がある。提供する商品は主に壺やきいも。人気の秘密は、素直にそのおいしさにある。「壺やきいも」という耳慣れないワードが気にかかる。やきいもというと、スーパーなどに置いてあるお手軽で簡単に作れる石焼き芋がすぐに思い浮かぶ。壺やきいもはそれとは反対にじっくりと時間をかけて焼き上げる。2時間以上火にかけることもあるそうだ。しかも均等に熱が回るように目をかけておかなくてはいけない。石焼きと比べて非常に手間がかかる。しかし近年の研究の結果、さつまいもはゆっくりと加熱をすることでより甘みが増すということがわかり、一躍この壺やきいもが注目されるようになった。そもそも江戸期などの昔は「やきいも」と言えば壺やきいもだったのだ。手間ひまはかかるが、昔ながらの製法がいま人気になっている。
さて、その壺やきいもを提供して人気の「そらいも」。今回お話を聞いたのは、そらいもを運営するF2Rの代表を務める三浦 祐一だ。地元の酒田出身で高校卒業後、航空自衛隊に入隊。約7年隊員として活躍したのちに酒田に戻ってきた。
「昔から戦闘機に憧れていたんです。道はけっこう険しかったんですが、一歩一歩なんとか進んでその夢を叶えることができました。もともといつかは酒田に帰ってきて農業をしたいという想いはありました。それはやっぱり酒田はいいなぁと思っていたからです」
庄内の魅力はビジネスとして成り立つ
自衛隊を離れ、地元に帰ってきた三浦の頭に真っ先に浮かんだのは、「酒田は素晴らしいということをいろいろな人に知ってもらいたい」ということだった。それは現在でもF2Rの運営の根幹となっている。
「自分が酒田が好きというもあって、いろいろな人に酒田はいいと知ってもらいたいと思ったんです。そのため、最初は観光業に就くことを考えていましたが、同じ考えで結局はホテル業に就職しました」
酒田のホテルだけではなく、上海のホテルに日本人コンシェルジュとして勤務するなど、観光、宿泊業の道を進んでいった。そのなかで感じたことがあったという。それは自分だけが熱を持っていてもなかなか酒田の魅力が伝わらないということだという。それはどういうことか。
「ホテル業や観光業に身をおいて、感じたことがいくつかありました。まずは観光についてですが、魅力が分かりづらくお金にしにくい。地元の魅力をお金に転化するという機運が無く、漠然と「酒田はいい所」と言う人は多いですが表面的でどこか他人事なんです。魅力をお金に変えていこうと主体的に生業にする人は育ちにくいと思います。志ある方がボランティアベースで頑張るのですが個人の努力では限界がありますし⻑続きもしづらく、挫折をすればせっかく時間を費やしたんですが最終的に良いイメージにはなりにくいです。だからこそ私は様々な経験や歴史的背景から庄内にはたくさんの魅力があると確信し、それがビジネスとして成り立つということを生涯を賭けて証明していきたいんです。やがてその熱が形となって広がり、庄内で起業をするという盛り上がりの先駆けでありたいと思っています」
そうして始めたのが移動販売だったという。酒田を含めた庄内には、興味深い歴史や文化があり、豊かな自然もある。しかし三浦の言葉を借りれば「観光は面白いけど儲からない」。もともと豊かな農業もあるが作物を育てて出荷するだけでは活き活きした体温の感じる魅力を伝えることができない。そこに移動販売を加えることで、それぞれが複合して面白いビジネスができるのだ。
三浦は「庄内柿のかき氷」「シルク団子」「やきいも」といった、酒田、庄内の豊かな文化、自然を生かした商品を、様々な祭りやイベントで販売した。それは人気を博し、まさに「ビジネスとして成立」した。そうして酒田のよさを知ってもらうことができたのだ。
地元の人に、誇りを持って心から地元は良いと言ってもらいたい
三浦は農業も営んでおり、焼き芋に使用するさつまいもを自身で栽培している。「そのなかで面白い発見があったんです」と三浦は言う。
「もともと酒田は「砂潟」という呼び名もあって庄内砂丘は日本一⻑い砂丘なのですが、その中の宮野浦という場所がサツマイモの産地として有名でした。しかしながら北国なので低温で保管、栽培にはあまり適さず先細りで栽培量も減っていきました。なかなか安定して手に入らなかったこともあって、減反で転作された田んぼだった畑で育ててみようと思ったんです」
ただしここで一度話が止まる。さつまいもはそもそも砂地で栽培される植物だ。でも三浦は「田んぼ」と言った。
「そうなんです。砂じゃなくて、土で育ててみたんです。ものすごく大変でしたよ。全然サラサラしていない粘土質の土なので植えるのも掘り起こすのも大変だし。でも試しにやってみた。そうしてできたさつまいもに驚かされたんです。同じ品種でも、よりねっとりとしたおいもができたんですよ。面白い。それで自家栽培を続けようと。いまは商品の3割ぐらいが自家栽培のさつまいもですが、できる限り増やしていきたいと考えています」
そんなふうにしてやきいも事業が中心になっていったのだが、ここで話が振り出しに戻る。
「そんなときふと思ったのが、活性化、という言葉でした。県外などの観光客の方に酒田のよさを知ってもらうのもいいのですが、それだけでは地元が活性化していると感じられなかったんです」と三浦は言う。
それは先に述べたように、庄内で起業しようといったある種の熱を持った人たちが集まらないからだと話してくれた。どうしてそうならないかのひとつの理由として、魅力がビジネスとして成り立っていないということを指摘してくれたが、もうひとつの理由として「地元の人間が、酒田はいい所だと感じていないこと」を挙げてくれた。例として三浦が挙げてくれた話がわかりやすいのでそのまま記述したい。
「例えばある遊園地があるとしますよね。そこで働く人が、『あ〜、うちの遊園地は何にも面白いものは無い』とか、自分たちのよさに目を向けずに、あれがあれば、これがあればと思いながら、働いていたらどうですか?そんなところは絶対にいい遊園地にならないですよね。行きたくもなくなる。酒田にはそんな雰囲気がどこかにあるんじゃないかなと。地方は謙虚ででしゃばったことをしないのが美徳というイメージもありますが、それを通り越して卑屈になって自虐的に、『地元には何もないからつまらない』と話をしてしまう。その意識を変えたいなと思うんです」
地元の人が、地元のよさを知ることで、地域コミュニティの形成が進むはずだと語ってくれた。F2Rが目指すのは、そういった熱のある地域コミュニティだという。三浦はそれが少しずつ進んでいることも感じていて、そらいもの店舗がある中通り商店街が2、3年ほど前からバー、洋服屋、ボードゲーム屋など、様々な店が増えてきて、活性化してきているように感じているそうだ。ひとつの街づくりに関われていることを誇りに感じているという。
想いは「酒田・庄内のよさを知ってもらいたい」ということ。いまは店舗、移動販売、農業という三つの事業を複合的に展開している。ただし、その先には、もともと手がけたいと思っていた観光業があり宿泊業があるという。新型コロナウイルスの流行により予定は少し遅れているが、ホテル運営の予定は進んでいるそうだ。その先には、観光業があり、教育といった分野の事業も頭のなかにある。「酒田・庄内のよさを知ってもらいたい」というものを根底に、そのときどきで何ができるか、何をすべきか、考えて柔軟に幅広くアイディアを現実のものにしていきたいという。さらに「よく行政が何もしないからなどと言うんですが、全く違っていて、個人が役立ちたい、面白そうなことをしたい、楽しんでもらいたいという想いから、やる気のある人が人生を投資して起業し、その連鎖がまちを面白くしていきます。そうすると税収も増え、ますます豊かなまちになります。つまり個人個人の心持ち次第でまちは面白くもつまらなくもなり、豊かにも貧しくもなります。いい方向に⻭車を回していくべく、その中心で色々な面白いことを実践し、金銭的に結果を残し、みんなで豊かになっていきたいという理念で事業を継続していきます」と続ける。今後、どのように展開していくのか楽しみだ。