地域に根ざした施設を目指して
医療法人社団みつわ会の設立は平成4年(1992年)。翌年に老人保健施設のぞみの園を開設し本格的にスタートした。当時鶴岡市には老人保健(老健)施設はなく、のぞみの園がその第一号となる。老人保健施設というのは、介護を必要とする高齢者の自立を支援し、家庭復帰を目指し、医師による医学的管理の下、看護や介護といったケア、リハビリ、食事、入浴などの日常サービスをあわせて提供する施設のこと。特別養護老人ホームとは違い、介護の必要度のが低くても受け入れられることもある施設だ。地域に根ざした施設、そして在宅復帰の支援を根本理念として活動を進めてきた。
その後、介護老人保健施設を中心に併設診療所の茅原クリニックを平成7年(1995年)に開設。そのほか、グループホーム、有料老人ホーム、サテライト老健などさまざまな施設を開設してきた。みつわ会の事務部長の佐藤佑樹はこういった動きを「地域から求められて増やしていったという感じです」と話す。
「私たちは在宅復帰への支援が一番だと考えています。そのために医療法人として老健を開設しました。利用される方の自立を目指してサービスを提供しています。そこで現在足りていないと思うのは“地域で暮らす”ということへの支援です。いまあるサービスを連携させていくのも重要ですが、それとともに専門職が地域に出ていき在宅医療や在宅支援の充実にも努めていきたいと考えています」
“地域で暮らす”という言葉からわかるように、みつわ会のサービスは利用者、またその家族たちの“生活”にスポットがあたっている。
みつわ会だからできること
医療、介護さまざまな観点からの高齢者、障害者サポートがあるが、今回は茅原クリニック院長を務める菅原真樹と、のぞみの家の看護チーフ舩山香、老健のそみで介護福祉士として働く加藤友希の三人に来てもらい、それぞれの現場から“できること”の話を聞いた。
以前病院に勤務していた菅原はこう言う。
「以前は病院に勤めていましたが、最終的には“診療所”のように何でも診られる医療に従事したいという気持ちがありました。それを考えると、現在のクリニック、そしてみつわ会全体での体制というのは、患者さんへの対応としてはすごくいい環境だと思い就職を決めたんです」
舩山も看護師として病院に勤務。「病院での仕事は、それまでの流れのなかでなるべく仕事をするようになっていました。リスクをできる限り取らないために。でもみつわ会では、当然リスクも考慮に入れながら、“できること”を考えることができるんです。それがいまの仕事のやりがいであり、楽しさですね」と話してくれた。
「チームワークがすごくいいんですよね」というのは、介護福祉士を務める加藤。
「私の介護という仕事上、リハビリと強く関わって仕事をするんです。そのときミーティングで双方から様々な意見が出るんです。すごく活発。それに加えてケアマネージャーやご家族の方も来て“どうするか”という方向をきちんと決める。そのチームワークがすごくいいので舩山と同じくやりがいがすごく大きいですね」
みつわ会では利用者の生活の質を高めるため、利用者の希望をできるだけ叶えようという話がスタッフのあいだから出てくる。その例として加藤は、車椅子の方が大きなお風呂に入りたいという話をしてくれたというケースを挙げてくれた。
「その方は車椅子で、お風呂といえば小さな湯船を使ったり、身体を拭いたりという感じでした。でもある日、大きなお風呂に入りたいと話してくれたんです。それには当然大きなリスクが伴います。スタッフの配置もいつもと変えなくてはいけない。それでもまずはその希望を最優先して“どうしたらできるか”、“どこまでできるか”ということを決めていくんです」
そうした例は菅原も舩山も挙げてくれ、ここには書ききれないほどに多くあった。それを可能にしているのは、先述したように各種施設があり、さまざまな専門スタッフがいること。そしてそれらが連携できていること。そして何より、スタッフが自発的に意見を出し、それが許される風土があることだ。
菅原はみつわ会のいいところはと聞かれて、即座に「若手が活躍できるところ」と答えてくれた。これはスタッフが若いというだけでなく、上記のように若手スタッフの意見でも受け入れて吟味してくれるということだ。また行動のスピード感も魅力だと言う。
「新型コロナの関係で一時は当クリニックでも面会規制をしていたんです。それが長引いていくので打開策をということで、私たちはオンライン面会をいち早く取り入れました。それで会えなかったご家族が患者さんの顔を見る事ができありがたかったと意見をいただきました。まずはやってみようというチャレンジ精神があるんです、スタッフに。だから年齢は関係なく意見を取り入れる。そしてスピード感を持って行動に移すんです」
今後やっていきたいことは、と質問をすると菅原は「看取りです」と答える。看取りというのは文字通り、病院ではなく家や施設で利用者の最期を看取るというものだ。施設で看取りたいと利用者、家族が言うということは、施設もすでに“家”という感覚があるのかもしれない。ただしこれにはハードルがある。施設側、クリニック側のスタッフ配置といった体制を整えないといけないことがひとつ。もうひとつは施設で働くスタッフの心にもハードルがある。それまで付き合ってきた利用者さんの最期を看取るというのは、スタッフの心に重くのしかかることなのだという。それもリスクのひとつとして考え、しかし地域に根ざしたクリニックを目指す茅原クリニックとしてはこうした看取りに積極的に行動したいという。
加藤、舩山のふたりは「今後」というキーワードでアクティビティのことを話してくれた。加藤は畑仕事でのアクティビティを増やしたいといい、舩山は年代、年齢を超え、幼年の子と高齢者がより関わりを持てたらという。どちらも経験から、すごくうれしそうな顔をしてくれることがある、実際に身体の調子がよくなった、といったことを目の前で見たからだという。ただしここにもハードルがあることは承知している。それらをうまく超えながら、理想を実現していきたいと語ってくれた。
やさしさの才能
スタッフの自発的な想いといったが、佐藤はこれを次のように話してくれた。
「私たちは、職員、その家族の幸せがあってこそ利用者へ最良の対応ができると考えています。では職員の幸せって何だと考え、話をしていったところ、やはり仕事のやりがいだと気づきました。自分の仕事が自分の人生とどう関わるか。そして自分の仕事がほかの誰かを喜ばせるものであること。こういったことが幸せにつながっていくんだと」
それはきれいごとのようにも聞こえるが、実際にスタッフから上がってきた声だった。バウリニューアルというひとつの例を挙げたい。バウリニューアルというのは、結婚した夫婦が再び愛を誓い合うというセレモニーだ。みつわ会でこの試みがおこなれているが、これはあるスタッフからの提案だったという。このなかで、「誰かに何かをしてもらっているときより、何かをしてあげているときがうれしい」と気づいたそう。その連鎖は利用者にも届き、あるスタッフが結婚式を挙げていないということを知り、利用者さんがそのスタッフの結婚式を祝ってあげる環境をつくったのだという。
とても印象的なシーンと言葉だったので長くなるが、佐藤の話を引用して終わりたいと思う。
「介護というフィールドの中に自分の得意なもの、やりたかったものを入れてみる。そうして利用者さん、ご家族さんの喜ぶ顔が見られる。そんな現場がここにはあります。バウリニューアルもそうですし、障害者の方の成人式をあげるというのもそのひとつだと思います。そういったことはアセスメント、利用者さんの背景をよく知るということから始まります。私自身とても印象的だったケースがあります。人工透析をしないといけない方がいました。その人はユーミンが好きだったそうです。食べることも大好きで海外で活動していた経験から好んでいたのがフライドポテトにケチャップ、コーラ。ラジオを聞きながら好きなものを食べる。そんな何気ないことができなくなっていったのです。最期は人工透析を断って“看取り”を望まれました。そのとき、最後にスタッフがユーミンの曲を流し、フライドポテトとコーラを用意したのです。ケチャップもたくさん添えて。そして最期にそれに手を伸ばしたというのです。亡くなったあと、ご家族から『ここにお世話になって良かった』と感謝されたそうです。その方が『福祉の人たちは“やさしさの才能”を持っている方なんですねと言ってくれました。その“やさしさの才能”という言葉がいまでも強く印象に残っています」