羽黒山詣での道すがらにある庵室のようなそば処「しげ庵」。店主の工藤重二さんはそば好きが高じた脱サラ職人だ。長く東京で暮らし、修業を経て帰郷した18年前、手打ち細切りの二八そばを店の看板にした。
手打ちそばは「一鉢二延し三包丁」などともいうように、製麺技術がものをいう。「基本は水回しと練り。それで味も食感も変わります」という麺は、口の中で香りが一気に立ち上がり、喉越しに優れる。甘みの強い国産そば粉は、辛口のそばつゆとも相性がいい。工藤さんは師匠の味を目指し、材料から作り方まで忠実に教えを守ってきた。そばは朝に打ち、注文を受けてから茹でるため、自然のそばの実の色がツヤよく提供される。

楽しみはほかにもある。一つは工藤さんが実家のある大鳥の山懐から採ってきた山菜料理の小鉢だ。塩蔵や乾燥で保存しておいた山のごちそうが、そばに野趣を添える。4月中旬から5月限定の山菜の天ぷらは山の香気にあふれ、そばの風味と重奏になるのも心憎い。そしてもう一つは見た目のインパクトも十分な「かき揚げ」。サクサクと厚い衣の中で7種類の具が食感豊かにつながっている。さらに「羽黒濃厚豆腐」も一食の価値がある。

「お客さんの中にはそばの食べ方が分からないという方もいらっしゃいます。ぜひ子どもたちにもこの味を知ってほしい」と工藤さん。日本そばの食の作法はさまざまに語られるが、まずは堅苦しいことなど考えず、ずいと一気に食す。それが粋ってもんよと、しげ庵のそばの佳味は教えてくれる。