自給自足が可能な庄内。循環型農業の実践を通じて持続可能な社会を目指す。

株式会社大商金山牧場 代表取締役社長 小野木 重弥

地元産の飼料用米を食べ、ホエー(乳清)を摂取して育ち、甘みのある脂身がその美味しさを際立たせる「米の娘ぶた(こめのこぶた)」。大商金山牧場が生み出した銘柄豚だ。代表取締役社長の小野木重弥は、新鮮で安全な豚肉を市場に届ける一貫生産体制にこだわり、同時に、地域を巻き込んだ循環型農業の実践にも取り組んでいる。

食肉加工を行う「肉の大商」として1979年に創業した現会長の父親から、代表取締役社長の座を引き継いだのは2009年のこと。「大商」という屋号に込められた父親の思いを受け継ぎながら、革新的な取り組みにも励んでいる。

「創業者の思いは夢と挑戦に尽きます。ビッグなビジネスをしたいということで、父は『大商』と名付けました。私もその思いを引き継ぎ、挑戦し続けることを忘れてなはならないと思っています。そこで私が6年前に作った経営計画として、一貫生産体制を築こうと提案しました。屠畜場とカット工場が併設されていたのに加えて、パック工場も新設することを決めたのです。小規模ではありますが、インテグレーションの生産体制を整えることによって、昨日まで牧場にいた豚が今日はパックになってスーパーマーケットに並んでいる、という状況を作り出すことが可能になりました」

安全で安心、そして美味しい豚肉を消費者に届けるためには、新鮮さを裏付けるスピードも重要だ。6年前にパック工場を新設することで国内でも例を見ない食肉加工の一貫体制を整備し、現在、東北はもちろんのこと、関東方面にも豚肉をパックして納品しているという。「元氣のみなもとをつくってます」というコーポレートメッセージを掲げ、「食品安全マネジメントシステム」の国際標準規格であるISO 22000を認証取得したカット工場と、全国初導入となる豚肉トレーサビリティシステムによって、食肉の安全供給を徹底する。

「コーポレートメッセージに我々のやっていることは集約されます。美味しい食の提供を通じて、人々の健康と幸福に貢献していこうと努力を続けること。創業者から経営を引き継いで未来に進んでいくためには、新しい発想を持った若い幹部を育成することが不可欠だと考えました」

20世紀後半の日本を代表する実業家のひとりである稲盛和夫が運営する「盛和塾」に参加していた経験から、幹部候補の社員たちと理念のすり合わせを行う勉強会を立ち上げた。

「何のために事業をするのか、誰のためにするのか。稲盛さんの言葉を借りると、利他の心を持つことが大切です。自分がよければいい、会社がよければいい、という視線ではなく、消費者目線に立ち、地域のために何ができるのかを考えて行動していかなければいけません」

循環型農業で地域に貢献する

安全で安心、そして美味しい豚肉を消費者に届けることは、会社にとって最重要な任務だ。創業者の念願であった自社牧場を2008年に竣工し、翌年に自社ブランドの「米の娘ぶた」を発表すると、2010年の食肉産業展のコンテストで最優秀賞を受賞した。その特徴は「際立って美味しい脂身」だと即答する。

「甘い脂質が特徴なのですが、その甘さの理由は、地元でつくってもらった飼料用米を存分に食べているからです。今年の1月には、地元の飼料用米を給仕するために、米を1000トン収容できる大型の倉庫を作りました。やはり、遠い異国の地から輸入したトウモロコシや大豆カスなどの飼料に頼る仕組みには違和感を感じるので、金山、最上を中心に、庄内で生産された飼料用米を使うことにこだわっています。そうして豚が健康に育ち、脂身の甘みが特徴の美味しい豚肉をお客様にお届けできます」

地元で生産される飼料によって、健康な豚を育てること。その思いを実現すると、さらに「循環型農業」へと発想が広がった。

「私たちは米農家の方に豚の飼料用米を作っていただいています。豚が暮らしている間に出る畜糞から堆肥を作り、それを農家の方に還元しています。これが循環農業の形のひとつ。そしてもうひとつとしては、金山町に餃子工場を整備して、加工品の生産という循環の輪を作りました。皮を作る小麦粉は外から仕入れていますが、ニラやキャベツ、ユキノシタといった野菜、ショウガやニンニクも地元産のものを集めて、うちの豚肉で餃子を作っています。工場で雇用を増やすこともできるので、人の循環も含め、農業を基盤とする産業を花開かせたいという思いがあります」

小野木の原動力となっているのは「利他の心」だ。地域に好循環を生み出し、ビジネス面も含めて「人々の健康と幸福に貢献していこう」と努めている。

食産業の領域を超えた「利他の心」

2008年に自社牧場をオープンしてから10年。一貫生産体制の確立や地元の米農家との関係の構築など、画期的な取り組みを重ねてきた。しかし、さらに循環型農業の話を聞いていると、今年の6月にオープン予定の施設として想像もしていなかった内容の話が小野木の口から出てきた。

「農場から生まれるもうひとつの循環の輪は、エネルギーの生産です。我々が取引をさせていただいているスーパーマーケットなどでは、すべての商品が必ず売り切れるわけではありませんから、当然のこととして食品残渣が出てきます。それと豚の畜糞とをミックスして、メタンガスを発生させて発電するという事業を今年の6月から開始します」

家畜の糞尿と食品廃棄物という有機ゴミを発酵させて可燃性のバイオガスを取り出し、それによってガスエンジン発電機を回すバイオガス発電のプラントを建設したというのだ。自社牧場をオープンしてから10年だ。その発想力と行動力には驚かされる。

「2011年に福島原発の事故があって、世界的にエネルギーの考え方が変わってきました。我々も、地元由来の資源を活用して食料を市場に提供し、さらには地元に供給するエネルギーを地元で生産することができれば、食品に留まらず自給率を高める動きに貢献することができると考えたのです」

日本でバイオガス発電やバイオマス発電(有機ゴミを発酵させるのではなく、直接燃焼し、発生する熱を利用してタービンを回す仕組み)が普及しない理由を小野木はまず考えた。ひとつは、プラントの価格だ。大手ゼネコンや商社が関わることで、ヨーロッパに比べるとどうしてもコストがかかってしまう。それともうひとつは、水処理のコスト。そして最後が、原料の確保だ。

「水処理の問題は、うちの場合は養豚場として大型の浄化槽を持っているので、極端な設備投資をする必要はありませんでした。原料については、畜糞だけでは足りませんが、食品残渣の確保をしっかり行うことができれば、継続的な事業は可能となります。ではプラントの価格をどう抑えるか。庄内で電気屋を営む若手経営者の方と一緒にドイツまで視察に行って、地元の電気屋の方が一生懸命に新しい技術を勉強してくれて、実現に至りました」

庄内地方で持続可能な社会を実現

大商金山牧場の取り組みは慈善事業ではなく、もちろん経済的に成立することが大前提だ。その点を考慮しながらも、庄内地方という土地が持つポテンシャルから実現に確信を持っている。

「持続可能な社会の実現にどれだけ我々が関わることができるか、そこに挑戦したい。大国のリーダーが自国のエゴを通して保護主義的な形をとっていったら、資源を持たない国は大変な事態に陥ります。しかし、庄内地方には肥沃な土地があって、四季折々の農畜産、海に面しているので水産資源も豊かです。つまり、食料自給率を100%まで上げることは可能なわけです。

そして、エネルギー。ガソリンなどの石油系の燃料はどうにもなりませんが、風力、小水力、バイオガスやバイオマスといったものを併用すれば、十分に自給率を高められます。あとは、米作りを行うこの地方には豊富な稲わらがあります。デンマークやドイツに行くと、稲わらをボイラーの燃料にして、地域への熱エネルギーの供給に役立てている。これを学べば、庄内地方でも冬の暖房のエネルギーは十分に賄えるはずです。電気自動車が当たり前の時代になったら、食とエネルギー資源の100%の自給率を実現できるはずです」

人口減少、少子高齢化という日本各地が抱える問題を解決するモデルケースが、庄内地方で生まれる。余剰な生産は恵まれない地域に分配し、やがて世界的にも誰もが集まりたくなるような夢のある地域になるはずだ。小野木の発想力と行動力が、地域の活性化を推進する。

住所 山形県東田川郡庄内町家根合字中荒田21-2
名称 株式会社大商金山牧場 代表取締役社長 小野木 重弥