高校時代に電子工業関係を専攻した工藤は、卒業後に当時住んでいた群馬でメーカーに就職した。やがて生産管理部門に配属となり、20年ほど同社に勤めたが、高齢の祖父を介護するために5年ほど前に酒田へと戻ってきた。その機会に接客業へと転職したのだが、すでに40歳を超えていた。決して早い異業種への転職ではない。
「自分が観光をしたり街を散歩したりするのが好きだということもあって、休みの日はいつも出かけています。朝9時ごろには家を出て、例えばイチゴが旬の時期であれば美味しいイチゴを買いに行き、翌日にホテルに差し入れしてスタッフたちと情報を共有します。季節の景色や食事などの情報をホテル内で共有できれば、お客様に提供できる情報も増えますよね。お客様に喜んでいただけると仕事をする満足感も増しますから、お客様といいコミュニケーションをとるための努力は続けたいですね」
お客様に気持ちよく滞在していただくために何ができるのか。接客業の経験が浅いことを自覚する工藤は、そのことを常に意識してフロントに立つ。常連のお客様であれば、早く顔と名前を覚えてスムーズな接客をしたいと考えるし、飲食店や観光情報を尋ねられた際には的確に応じられるよう、リサーチを怠らない。
「酒田に戻ってきて、最初は温泉旅館に勤めました。旅館では一部屋に一人がつくというのが基本だったので、3年勤めたのち、より多くのお客様に対応するスキルを身に付けたいと考えてホテルイン酒田に転職しました。前に在籍した旅館よりもこちらのスタッフの年齢層の方が低いですが、最初の1年間は指導員についてもらって、わからないことなどはその都度、丁寧に説明してもらいました」
コミュニケーションの潤滑な職場
月見が経営するホテルインの3店舗では、社是である「お客様の喜びと感動が私達の仕事です」をスタッフが共有し、一人一人がお客様のことを考えて気持ちよく滞在していただけるようにサービスすることが基本だ。工藤も「ここの従業員は年齢的には若いですが、状況をよく見ている人が多く、みんないろいろなところに気がつくなと感じました」と、入社当初の印象を語る。
「若い従業員が上司に意見を出すと却下されるんじゃないかと萎縮してしまったり、年上が相手だと意見を言ったり指導をしたりすることが難しいと感じるのは、一般的なことだと思います。しかし、ここでは若い社員が臆せずにPCの使い方などを支配人に提案しますし、去年はロビーの改装プランも若手主導でプロジェクトを企画して行いました。年齢が上でも接客業の経験が浅い私に対して、わからないことを聞きやすい空気を作ってくれますし、オープンにコミュニケーションが取れるので、多くのことを学ばせてもらっています」
風通しのいい職場環境を実現するために、社員にはプロジェクト提案の機会を設けているだけではなく、社長が自ら従業員全員とコミュニケーションをとる目的で、社長と社員による少人数での飲み会を定期的に催しているという。普段は顔を合わさないパートの従業員から各店舗の支配人まで、ローテーションで5〜6名が参加する。
「私も入社して1年ぐらい経った頃に出席する機会がありました。『仕事の環境には慣れたか? 何かあったらいつでも言ってくれ』と気を遣っていただき、個人との対話をとても大切にされていると感じました。なかなか社長と直接対話する機会というのはないので、そういう機会があることで、一体感のようなものが生まれているのかもしれません」
いつか店を持ちたいという夢
工藤は学生時代にはよく喫茶店に通い、コーヒーを飲みながら長居して、マスターに日頃の相談をできるような空間を心地よく感じていた。当時から漠然と、将来に喫茶店を営業できたらと夢見るようになったという。そして酒田に引っ越すことが決まったとき、その夢に近づきたいという思いが頭をもたげた。
「前に働いた温泉旅館でも色々と経験できましたが、ホテルイン酒田の方が、ビジネスのお客様も観光客の方もいて、年齢層も若い方からお年寄りまで幅広いです。色々なお客様と対話をするのが好きなので、こちらのフロントでは対応力が養われているのではないかと感じています。若い同僚と接していても日常会話から様々な情報を得られますし、瞬発力が鍛えられる環境だと思います」
もちろん工藤も、若手社員から一方的に学ぶだけではない。
「黒子に徹するじゃないですけど、例えばお客様からクレームが入ったら、年の功を生かしてその場を解決しようとしますし、仕事にさらに慣れてきたら、より若い社員が目立つ明るいホテルにできた方がいいと考えています」
ホテル経験のない従業員が半分以上を占め、社是社訓に沿って、それぞれが考えながら働ける環境。その基本があるからこそ、ホテルイン3店舗ではいつもお客様との温かなコミュニケーションが生まれている。