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飲食の未来を、創造しよう。~おもてなしで、CREATION.~

広越株式会社 / フロントエスコート/ヒロコシルッソクラブ

インタビュー記事

更新日 : 2023年06月09日

1949年(昭和24年)9月に現在の新天地に割烹寿司屋として誕生したヒロコシ。その後、広島を代表するプレミアムな食ブランドを次々と創造する企業へと成長していった。一見、多角的に見えるヒロコシの店舗群だが、すべての源にあるのは、目の前のお客様を感動させ続けたい、出会いを紡ぎ続けたいという想い。お客様に、今日も明日も明後日も楽しんでいただきたいという想いから、「和食だけでなく洋食や中華も」「はしご先のおくつろぎの場も」と、ヒロコシのブランドはチェーン展開の逆をゆく「きずなを展開」しながら生まれてきた。心からいいと思える料理や、空間へのこだわりはもちろんのこと、目の前のお客様と近い距離間で向き合い、お客様が次に求めるものは何かを見極めるなど、ヒロコシ独自のおもてなしで、これからもお客様の記憶に残る時間を創造していきたいと考えている。そして、その特別な時間に華を添えるヒロコシの「おもてなし」は人にしかできない。なんでも揃う便利な世の中で、人と人との触れ合いが減っていく時代に、ヒロコシは人と人との触れ合いにしか満たせないこと、人にしかできないことにこだわり続けている。これからも広島の飲食シーンに、新たな未来を創造していくことがミッション。創業からこれまで、様々な挑戦をしてきたが、2049年の100年企業を迎えるその時へ向け、今後も挑戦をし続ける。

広越株式会社 事業概要

広島市内に15店舗の直営店を構え、和食・西洋料理・中華料理・てっぱん料理など多彩なレストラン事業のみに留まらず、会員制店舗・PB(プライベートブランド)商品の販売まで幅広い分野のフードサービスを提供している。マニュアルにとらわれない「まごころ」にこだわる接客で、お客様に喜んでいただきたいという想いを大切にし、今日も“おもてなし”を磨き続ける。

 

戦後の復興。経済界の会合。家族のハレの日。広島のまちと共に、いくつもの夜を越えてきた

戦後、復興のために動きはじめていた1949年。創業者が地元の人に本当に美味しいものを提供したいという熱い想いから、割烹「寿司福」を開業した。苦しい時期もあったが、あるスタッフとの出会いをきっかけに、創業者はおもてなしの大切さに気付き、お店が軌道に乗り始めた。1956年料亭「寿司福別館」を開店し、玄関先に席をつくってでも食事をしたい、というお客様がいらっしゃるほどの大盛況を収める。1963年「ひろしま八雲」開店。創業者が全国を食べ歩いて出会った、本格的な「しゃぶしゃぶ」を広島で初めて提供し始めた。その後、「味味亭中の棚店」開店(現「てっぱん料理 味味亭」の前身)。1970年に名だたる経営者から「残したい文化」と呼んでいただける、社交文化を継承するお店「クラブ穂」を開店した。1972年、現「和牛あみ焼会席シズラー」の前身である「シズラー」を開店。1976年「くらぶ彩」開店、1980年「八雲流川店」、「クラブ羝」、「マダムローラン」開店。1982年、某メーカーの社長がお店を気に入り、後にウイスキーブランドの銘柄の由来となった「ミニクラブ響」を開店。1985年「クラブ翔」開店。1992年レストランやバー、社交業態が入る、全館会員制という広島初にして斬新なビル「ルッソクラブ」を開業。1997年「響アネックス」開店、2002年「ミニクラブ響」「響アネックス」を「クラブ響」に店名変更。2004年「ひろしま八雲」「てっぱん料理 味味亭」を本社ビルへ移転し、2014年「和牛あみ焼会席シズラー」を開店した。現在、広島市内に15店舗の直営店を構えており、一人ひとりのお客様と向き合い、「マニュアル」にとらわれない「まごころ」にこだわる接客で、「広島発」「広島の象徴」といわれるユニークな店鋪やサービスを展開している。

創業時の寿司福

 

 

創業時の寿司福

 

移転前の八雲

 

てっぱん料理 味味亭

 

和牛あみ焼会席 シズラー

 

(会員制)ルッソクラブ ピアノバー

 

そのお客様だけのオリジナルの接客を組み立てる

ヒロコシは、記念日や家族のハレの日など、一家団欒の特別な時間を過ごすことも多い場所。

60年以上長く続くお店もあり、その特別な時間は親から子へ、さらに孫へと、代々繋がっている。子供のころから家族みんなで過ごしてきた思い出の場所は、安心感があり地元で自慢のできるお店のひとつとして、お客様に愛され続けている。今後さらにファンを増やしていく取り組みに力を入れていきたいと話す副社長の越智基匡さん。

「100年企業に向けて、残り30年近く。ヒロコシとしてできることは、広島を代表するプレミアムな食ブランドを次々と創造していく企業であることです。これからも、ヒロコシで過ごす時間が素敵な思い出となり、また新たなお客様へ伝播してほしいと考えています。お客様一人ひとりの心情を想像し、ご利用目的やストーリーをしっかり把握することで、その方だけのオリジナルの接客を組み立てるおもてなしこそが、ヒロコシのこだわりです」。

 

ヒロコシが旅の目的地になることを目指して

「広島には有名な観光地が多数あり、国内外から多くの観光客の方がいらっしゃいます。次なる目標は、ヒロコシが旅の目的地になること。全国、海外からも、ヒロコシに行くために広島に行こう!と思っていただけるようなお店作りをしていきたいと考えています。」

 

ベテランスタッフから学べる安心の環境

歴史あるヒロコシには勤続年数の長いベテランスタッフが多く、新入社員にとっては働きながらしっかり学ぶことができる環境である。さらに、福利厚生も充実しており、勤続20年以上のスタッフは、会員制ルッソクラブの会員になれたり、ビールやウイスキー工場の見学など、研修制度も充実している。

「なにより、普通に働いていて、普段はお目にかかれない方と接することも多いため、刺激的な職場なのも、弊社の特徴です。また、一期一会のご縁を大切に紡ぎ続けるためにスタッフ一人ひとりが名刺を持っており、店員さんではなく、〇〇さんと呼ばれる関係性を目指しています。」

 

スタッフ一人ひとりのストーリーも大切に

スタッフとのコミュニケーションについて問うと、お客としてお店を利用することも多くそこでスタッフ一人ひとりとのコミュニケーションを図っているという副社長 越智さん。

「現在、300人近くのスタッフの皆さんが在籍しています。その一人ひとりに人生があり、家族があり、私としても何より大切にしなければならない存在だと思っています。ヒロコシが一人ひとりのお客様と向き合ってきたように一つひとつのブランドを大切に育んできたように、働くスタッフ一人ひとりのストーリーも大切にしていきたいと考えています。

UターンやIターンを希望されている方は、趣味も楽しみながら仕事をするということを大事にしてください。広島は山や海も近く、自然豊かな場所です。ゴルフやキャンプ、マリンスポーツを楽しんだり、趣味の延長として、仕事にも取り入れてもらえたらと考えています」。