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人の心に届く印刷業

北星印刷株式会社 / プリプレス(制作・入稿カスタマーサポート)担当

インタビュー記事

更新日 : 2024年12月24日

1948年に設立され、酒田において活躍してきた北星印刷。戦後の復興が進み地元企業、商店なども復興の様相を呈してきた。その過程において北星印刷が果たした役割は大きかった。時代が下り、何かを「伝える」ための手段は増え、印刷物の必要性はかつてより低くなったのかもしれない。では、75年以上の歴史を持つ印刷会社はどのような未来を描いているのか。代表取締役社長の岩間奏子と現場で働く社員に聞いてみた。

北星印刷株式会社 事業概要

1948年に北星紙工印刷株式会社として設立。以来、75年以上酒田の街に必要なものを製作してきた。例えば設立当初は通産省指定の教育ノートの製造を行い、地域の子どもたちの教育に多大な影響を与えた。また、地元企業や商店などで必要となる印刷物を作ることで発展を支えてきた。例えば請求書、発注書といった小さなものでも機敏に対応し、「地域の印刷屋さん」として活躍してきた。
順調に事業を拡大させてきたが、インターネットの登場やSNSの流行など、情報伝達における時代とともに印刷物の重要性が薄れてきた。その流れのなかで、印刷会社として何ができるか。お客様が求める印刷物とは何か。また、AR技術とのシナジーなど、最新技術、流行手段において「印刷会社」として何ができるかを模索して、新しい印刷会社の立ち位置にチャレンジし続けている。

お客様の求めるものを作る

「紙の印刷物でないとダメというものが減ってきた」というのは、北星印刷株式会社で代表取締役社長を務める岩間奏子。「私どもは1948年に創業して75年以上この酒田の地で印刷のお仕事を続けてまいりました。地元企業、商店、個人のお客様が求めているものに応えてきたからだと思っています。しかし、いまは紙の印刷物の需要が下がってきているというのが現実です」という。

北星印刷が設立されたのは戦後間もない1948年。当初は、通産省指定の教育ノートを印刷、製本していた。また、戦後復興において、地元の企業や商店で使うさまざまな印刷物を製作することで、地元に寄与してきた。そういった形でお客様の求めているものに応えてきたことで順調に業績を伸ばし、地元に必要な印刷会社として成長を続けてきた。
ただし、岩間の言うように、ネットやSNSといった情報伝達ツールの登場によって、紙の需要が減ってきたことは間違いない。それとともに、印刷業界の売上も減少してきた。総務省・経済産業省の発表する「経済構造実態調査」によれば、印刷・同関連業の出荷額は1991年をピークに減少を続けている。
「だからこそ」と岩間は言う。「お客様が何を求めているか、お客様の課題解決のために何を作ればいいかを知り、それに私たちの経験、技術をどのように生かすことができるかを探ることが重要だと思います」
それが、紙であっても、そうでもなくてもいい。「伝える」ことを起点に北星印刷ができることを模索し、チャレンジしていくことで、「印刷所」としての未来を創っていくことができるのではないかと話をしてくれた。

受動的ではなく能動的な発展を

岩間が社長に就任したのは2015年のこと。岩間は地元の高校を卒業後、仙台でDTPや編集の専門学校へ進学した。卒業後、北星印刷に入社し、学校で得た知識と経験をいかし、印刷物の製作を行ってきた。その後、営業部へ転属した。そのときに「もっと印刷業としてできることがあるのではないか」と感じたという。「何かできること」を仕事に実現するためには、働き方も変えて、生産効率をあげるなどといったことをしないと、社員の時間が足りないとも感じた。

そこで社長に就任してまず手掛けたのは、働き方の再整備だった。就業規則の整備を始め、賃金規定も含めた社内の不公平感をなくした。そして、設備投資、社外への研修なども含めたスキルアップの場を用意して、社員の時間を増やすように動いた。

「私は印刷業界に30年います」と話すのは、生産管理を行う渡會優。「その間にアナログとデジタルの融合がかなり進みました。現場の技術だけでなく、仕事全体の進め方、例えば仕事がどこまで進んでいるかなどの管理の部分でもデジタルを導入していかなくてはいけません。いわゆるDX化も進めていく、そしてそれが自分たちのためになるとポジティブに受け止められるようになったのは、外部のセミナーに参加してからのことでした」

また、渡會と同じプリプレス部でDTPのオペレーターとして働く佐々木小百合は「印刷に関連する技術は日々進んでいます。当然、私たちもそれについていかないといけません。そのために勉強は必須ですね。ただ、それが苦痛ではなく、それまでやれなかったことができるようになったり、よりお客様の『こうしたい』に近づける感じがあります。その勉強の時間は以前よりとれるようになったと感じています」と話してくれた。渡會は残業時間が格段に減った現実を見て、個々人のスキルアップのために生産性があがったことが感じられて充実感があると話してくれた。

印刷業だから「人の心」に手が届く

現在プレス部で製本を担当する岩間敦大は、異業種からの中途入社だ。高校在学時に調理師免許を取得し、卒業後は東京の飲食店で働いていた。2年働いたのちUターンし北星印刷に入社した。「そのときの友人などと話をしていると、『印刷業って何してるの?』と言われることがあります。確かに自分も異業種だったので、印刷といわれても漠然としたイメージしかなかったなと入社当初のことを思い出します。それは当然ですよね。何がどうなって本ができるのかを知っている人なんてそれほど多くないはずです。だからこそ、こんなことができるとこちらから提案していかないとと思っています。それで、『そんなことできるんだ』とお客様にも知ってもらい製作物をよりいいものにしていくことができればいいなと思っています」と話してくれた。

「そういう意味では」と佐々木が、印刷工場であまった紙を一般のお客様に販売するというイベントを行ったときのことを話してくれた。そのイベントは現在ショールームとなっている場所で開催したものだった。予想以上の人が参加しイベントは大成功に終わったという。「もちろん安くお売りしたというのもあるかもしれませんが、大きな紙や特殊な紙などさまざまなものを買ってくださいました。子どもの工作に使ったり用途はさまざまです。それがすごくうれしかったんです。紙ひとつとってもこれだけいろいろ楽しんでもらえるんだと思いました。そこに印刷、デザイン、最新技術と加わればさらに可能性は広がるのではないかと思います。


2024年10月にOPENしたショールーム。イベントなどで一般客に開放する予定だ

そのイベントの開催やショールームの開設が決まったのは、社内の「みらい会議」でのことだ。この会議は読んで字のごとく、未来のことを話す場。会社のこと、印刷のことなど、社長の岩間も参加して、さまざまなことが話されるという。今後ここから新企画なども出てくることだろう。

社長の岩間は最後にこう話してくれた。「紙だから伝わるものってあると思うんです。例えば私たちが学校を卒業するときにもらった文集がありますよね。常に手元に置いて見返すというものではありませんが、たまに帰った実家でたまたま見つけて『懐かしい』と当時のことを思い出すこともあるでしょう。そういう出会いは紙としてそこにあるからだと思うんです。実はこの文集、いま学校で作られていないこともあるんです。生徒数が減少したことや先生を含めた人員不足で、まとまった文集を作れない。でも、日々のお知らせとかプリントとかそういうのがあると思うので、それをまとめて個人文集として作ってみる。それを卒業時におじいさん、おばあさんにプレゼントするとか。紙だから人の心に届くことってあると思うんです。でもどうやって作ったらいいかわからない。そういうちょっとした相談窓口にショールーム、北星印刷がなれたらいいなと思っています」

紙だから人の心に届く。決して懐古趣味ではない。個人文集にQRコードをはればアルバムにも動画にもすぐに飛べる。AR技術を使ってコメントだってその場で聞ける。可能性は無限大だ。それが「人の心に届く」印刷業の未来のカタチなのかもしれない。