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高難度の精密部品を製造する。日本のモノづくりの最先端を支える技術力。

株式会社コステム / 【未経験歓迎】機械加工技術者

インタビュー記事

更新日 : 2021年08月27日

日本のモノづくりを足元から支えるのがここ株式会社コステム。精密切削・研削加工により、宇宙関連製品、航空関連製品などに使用される部品を製造している。また、試作開発品に使用される精密部品の製造も行う。それには複雑な形状、精度、難削材の加工など、高い水準の技術が求められる。それらをクリアし、日本のモノづくりに貢献している。今回はそのコステムのモノづくりの歴史を振り返るとともに、製造の現場で働く三人に仕事のやりがいについて聞いた。

株式会社コステム 事業概要

1952年(昭和27年)創業。すでに60年以上の歴史を持つ加工サービス会社だ。創業当時は農機具の修理などを請負い、のちに地元の農機具メーカーから部品製造を受注するようになった。その後、現在の事業につながる精密部品の仕事も請け負うようになったが、1970年代酒田市にまで回ってくる仕事は、部品ひとつからの小ロットのものや、納品までの期間が短いものといった仕事が多かった。そこでそれを逆手にとり、「一個からでも作ります」「納期はできる限り短くします」と仕事を受注していった。ただしそれだけでは先細りになってしまう。そこで進めたのが最新技術の導入だった。1978年に酒田市初のNC旋盤を導入したのを皮切りに最新機械を導入し技術力を高めていった。その結果、試作品開発用の部品など、高水準の技術を要するが小ロットでしか発注できない、というような仕事を受注できるようになった。そしてその技術力がさまざまな場所で評価され、宇宙関連部品、航空機関連部品といったより緻密な部品の製造を頼まれるようになった。今後も「品質が軸となるのは変わらない」と代表取締役の小林雅樹が話すように、常に“より難しい製品”にチャレンジし、複雑化、高度化していく顧客の要求に応えていく。

部品一個から作りますという言葉

株式会社コステムのホームページに行くと、すぐに目に付く三つのキーワード。「小ロットが得意」「難削材/複雑形状が得意」「豊富な設備群」。コステムの事業上の強みはこの三つの言葉に集約されている。

まずは「小ロットが得意」について。コステムの創業は1952年(昭和27年)。酒田周辺の農家の農機具の修理をすることから事業は始まった。それを続けるうちに地元の農機具メーカーから部品製造を請け負うようになり、製造業を主事業とするようになった。1970年代に入り、事業を拡大していくなかで直面した壁があった。代表取締役の小林雅樹はそこがひとつの大きな転換期だったと話す。

「1970年代などは酒田市にまで回ってくる仕事は“一個だけ作ってほしい”とか“すぐに作ってほしい”といったほとんどの会社が嫌がる仕事が多かったんです。考えようによっては、中央で受けられなかったような仕事ということですね。でもうちではそれを逆手にとって、“一個だけから作ります”、“納期はできる限り短くします”と受注を続けました。その根底にあるのが創業者である小林鉄雄の“人の嫌がる仕事をやれば食いっぱぐれはない”、“周りの人を幸せにしなさい。周りが幸せであれば自分が幸せでないわけがない”という言葉でした」

それが現在の「小ロットが得意」につながっていくのだが、“中央で受けられなかったような仕事”を受けていくだけでは事業として成長しないようにも思える。しかしそれを覆すのがほかの二つの言葉「難削材/複雑形状が得意」「豊富な設備群」だ。

技術力を高めオンリーワンのものを製造する

1970年代、小ロット、短納期の受注をしていくなかで、ともに進めたのが最新技術の導入だ。1978年に酒田で初めてNC旋盤を導入したのをはじめ、NCフライス盤、4軸制御マシニングセンタなどを次々と導入していった。小ロット、短納期が発注者にとって単に“都合のいい”ものではなく、技術力を高め、品質保証を徹底することによって、“ほかでは不可能なものを生産してくれる”会社へと変貌していったのだ。

その両軸を進めていくことにより、コステムの評価は上がっていく。そして試作開発品に使用するような、より複雑で高度な部品の製造のオファーを受けるようになっていった。特に、医療関連製品や航空、宇宙、防衛関連製品などは高い水準の技術が要求される。例えば通常の製品では切削精度の誤差は1/100mmが許容範囲といわれるが、宇宙関連の製品ではそれをはるかに上回る3-4/1000mmの誤差しか許されない。それほどの高い水準をクリアするために現在でも最新技術の導入や技術者の訓練を続けている。

コステムでは例えば「H-II」ロケットの部品や衛星、月面車(ローバー)の部品を製造している。航空、宇宙、防衛分野では、プライムメーカー及びその部品供給元である重工業企業各社は関連企業に対しJIS Q9100認証取得を要求しているが、日本では取得企業が約500社しかない。そのJIS Q9100を2013年に取得。そこからさらに精密部品製造の売上をあげていき、現在では受注量全体における医療、航空、宇宙、防衛関連分野が大部分を占めるに至っている。

“難しい”に立ち向かう楽しさ

今回三人の現場技術者に話を聞いた。22年のキャリアを持つ松田崇、工業高校を卒業後に入社し14年目となる菅原一弥、そして学生時代プロダクトデザイン学科に在籍しモノづくりに興味があるという入社半年の柳沼茜の三人だ。

松田は高校を卒業後、従事していた製造業を辞めてコステムに入社した。

「辞めた理由は、充実感がなかった、ということになると思います。コステムに入社してからそれが満たされていったんです。どうしてかというと、ひとりでひとつのものを製造するというところ。そして日々それぞれ違ったものを製造するところです。細かく言えば、自分で作り出したという充実感があるということ、それと毎日違うことにチャレンジしないといけないという充実感のふたつがあるところです」

菅原も同じくひとりでモノと向き合う楽しさを語る。

「製造業に従事する人間としてこれだけ楽しい環境がほかにあるかなと思うこともあります。最新機器と技術力のある先輩に囲まれながら、目の前の図面のものをどう創り出すか“ひとり”で向き合える。難しくてなかなか苦労することも多々ありますが、完成した時の達成感は大きいです。チャレンジしがいのある仕事と向き合える。流れ作業のなかでだけでは味わえないモノづくりの魅力を味わえると思います」

コステムでは基本的に技術者のひとりひとりが工作機械1~2台を担当し、図面の理解、加工方法の決定からプログラムの作成、加工までひとりで行う。だから、製品を“創り上げた”という感覚は大きいという。これも大量生産ではなく、高難度の製品を小ロットで生産するという事業を進めたことによるところが大きい。

日々のレベルアップが実感できる

「仕事をすればするほど技術が上がっていくのが目に見えてわかるのも自分がこの仕事を好きな点です」と松田は話す。だから経験ゼロでも入りやすい仕事だとも言う。入社半年の柳沼は学生時代プロダクトデザイン学科に所属し、卒業後はモノづくりの仕事をと考えていたが、就職した先では事務を担当することになった。そこで決意して退職し、コステムに入社した。もちろん切削加工などの知識、経験はゼロだった。

「不安はありましたが、先輩たちがマンツーマンで指導してくれて、まだ入社半年ですが、現在ではある部分は自分ひとりで進められるようになってきたんです。たった半年でも成長できているのが実感できています」と楽しそうに話してくれた。またコステムではより高度で複雑なものを正確に製造できるようにレベルアップすれば給与にも反映されるという体制をとっているそうだ。「それはひとつの指標としてモチベーションにもつながっているのは事実です」と菅原は話してくれた。

柳沼はモノづくりに関わりたいという想いに対する充実感をこう語ってくれた。「大手メーカーが取引先、しかもまだ世に出ていない試作品のための部品製造というところにもワクワクします。そのほか、自分たちが関わった製品が使われている製品や宇宙、航空といった分野だったり、改めてすごい場所で仕事ができているんだなと思います。そして自分ではまだまだ作り出せないものを製造する先輩たちもやっぱりすごいと感じます。たくさんの“すごい”に囲まれて仕事をしているんだなと日々感じています」

大量生産ではないからこそ実現する働き方

ひとりがひとつのモノと向き合う。現場からは「チャレンジしがいがある仕事」といったやりがいを聞くことができたが、大量生産でなく高度なものをひとりで担当するからこそ生まれた働き方もある。それが「選択休日」という制度だ。コステムでは規定上104日の休日が定められているが、全社で休日となるのは日曜日のみ。そのほかの休日は社員個人で休日を決めることができる。有給とは別に自由に休日を決めることができるのだ。

「だから自分のプライベートに合わせて休みが取れるのはもちろん、仕事として自分でひとつの物をつくるので、仕事のペースにも合わせて休みを取ることができる。すごくありがたいです」と松田は言う。またプライベートでバスケットの社会人リーグに所属している菅原も「全国大会に出場することができたんですが、その休みも堂々と取れたのがうれしかったです」と笑って話していた。

入社22年となる松田は、宇宙関連事業の始まりから製作に関わっていた。その当時を思い出しながら最後にこう話してくれた。

「わたしたちが宇宙物件と呼んでいるものは15年ぐらい前から始まったと記憶しています。当初はみんなで研究しながら試行錯誤していました。要求される精度が大きかったですからね。苦労はしましたけど、やりがいはありました。大きな課題に立ち向かうというのはやはりやりがいがあります。現在ではそのノウハウが蓄積されていき、効率は当然アップしています。それとともに発注側からの要求も複雑化、高度化していきますから、より難しいものへチャレンジして技術をさらに上げていきたいと思っています」