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こんなのほしかった!農家を理解してこそ生まれるアイデア農機具。

株式会社美善 / 研究、技術開発職

インタビュー記事

更新日 : 2022年11月28日

株式会社美善は酒田市にある「アイデア農機具メーカー」。トラクター、コンバイン、田植え機などの大型農機具のような必需品ではなく、作業負担の軽減、農作物の品質をアップさせる「アイデア農機具」を開発、製造、販売している会社だ。つまり農家の「あったらいいな」を提供する会社。ただし、単純にニッチな部分だけを狙っているのかといえばそうではない。時代とともに変わっていく農家に寄り添う柔軟な経営体制をとる会社なのだ。今回は代表取締役の備前仁と営業部の大江弘夢に、どのように農家は変わり、どのように会社が変わっていったのか、そして今後どのように変わっていくのかを聞いた。

株式会社美善 事業概要

株式会社美善は農機具の開発、製造、販売を手がけるメーカー。扱う商品はトラクターなどの大型農機具ではなく、除草機、溝切機、運搬用台車などの小型農業機械だ。代表取締役の備前仁の言葉を借りれば「農業のための必需品ではなく、あったら便利をカタチにしたアイデア農機具」を取り扱う。 会社組織としての設立は昭和43年(1968年)だが、創業は戦後すぐの昭和25年(1950年)。70年近い歴史のある農機具メーカーだ。国内大手農機メーカーからの依頼を受け製造をするなど、大規模に事業を展開していた時期もあったが、二代目の社長が就任し現在のようなアイデア農機具を開発、製造する方へシフトチェンジした。時代の変化とともに変わる農業や農家を取り巻く環境に対応した商品開発とともに、販売のルートも柔軟に対応、開拓し、現在は農機ディーラー等を通した販売だけでなく、ネットを立ち上げて直接販売するルートも増やした。機具の使い方を紹介した映像を動画サイトにアップしたり、農家と密にコミュニケーションをとることで新商品を開発するなど、“いま”の農家に寄り添った経営を進めている。今後は、海外への中小規模農家への販売も視野に入れている。また、会計ソフトなどの開発や農業経営者としてのスキルアップのための研修など、ハード面だけでなくソフト面の開発も進めていく予定だ。

安価でローテク。でも“使える”アイデア農機具

「アイデア農機具」という言葉が、株式会社美善のホームページに見つかる。代表取締役の備前仁は「安価でローテクな商品。決して必需品ではないけれども、あったら確実に便利なアイテム。それが当社の商品です」と言う。美善の中心商品のひとつが「あめんぼ号」というシリーズ名の水田用除草機。有機栽培や無農薬栽培の農家にとっては大きな労力を必要とし頭を悩まされる除草作業を効率化し、お米の品質向上、収量アップを可能にする機具。また、除草剤の薬効が低かったり、除草剤に大きな費用をかけるわけにはいかないといった農家にも支持されている人気商品だ。大きな費用をかけるわけにもいかない。それでもできる限りラクに効果ある作業を行いたい。そんな、かゆいところに手が届く商品が美善のアイテムの特長だ。

創業ののち、一時期は国内大手の農機メーカーからの依頼を受け製造をするなど、大規模に事業を展開していた時期もあった。従業員も50人を超えるほどの事業だったが、そこから安価でローテクという現在の方針に転換したのは2代目社長のころ。「芸術家肌だった」という社長が「あったら便利」という機具を次々と開発していった。ちなみに余談になるが、農機具だけでなく健康器具なども開発、販売していたそうだ。詳しくはホームページのBIZENアーカイブスにある「製品ヒストリー番外編」を見てほしい。なかなか興味深い商品も。

閑話休題。そこから順調な経営を行ってきたが、3代目社長のころの経営は困難なものだったという。当時は米価が下がり、農家の経営もうまくいっていなかった時期。農家そのものも減少していった時期でもあった。「我々の商品は最初にいったように必需品ではありません。だから農家さんの苦しい経営状況のなか、補助金で買うような定番商品ではありません。どうしても後回しになり、選ばれなかったんです」と備前は話す。その頃に備前は関東から酒田に戻り、美善に入社、経営に関わっていく。

大量生産からの脱却、社員の意識改革とネット販売

備前は山形県立酒田工業高等学校機械科卒業後、横浜の土木設計会社へ就職し主に製図の仕事をしていた。設計会社で12年間働いたのちUターン。普段会話をしない父から「そろそろ帰ってこないか」と電話があったのがきっかけだった。帰郷後、株式会社美善に入社し、営業部に勤務をしていた。2008年に専務取締役、2013年に代表取締役となった。「最初は継ぐつもりもなく気楽にやるつもりだった」と話していたが、経営に深く関わるようになってからは様々な改革に取り掛かった。会社がそれまでと変わった点は大きく大量生産からの脱却と社員の意識改革だ。

それまでは、多くの商品を同時期に大量生産していたので、完成が農作業にギリギリ間に合うかどうかの販売だった。しかし、その体制だと農繁期中に商品在庫がなくなった場合、資金や製造リードタイムなどの問題から、お客様の注文を断らなくてはいけない状態ができてしまっていた。第一にその状態から工作機械等の設備投資をせずに問題を解消するためにはどうしたらいいか。それには原価が高くなってもいいから小ロットで対応していくことが解決方法だったという。アイテムを人気商品や農家が本当に必要としているものなどの観点から取捨選択し、原価が多少高くなっても小ロットでスピーディーに対応していく。そうすることで、お客様への不利益を最大限に減らしたという。

二つ目の改革は、社員、特に営業の意識改革だ。直接の販売店を持たない美善は、営業というと農機店やディーラーへのルート営業が主なものだった。しかし担当販売員が不在のことも多く、効率が悪かった。そこでその時間を使ってほかに何かできないかと考えた。

「大きな行動としてはネット販売を始めたことです。実はこれは業界のタブーというか、これまでほとんどやられてこなかったことでした。ネット販売をすると、農機店やディーラーさんだけでなく農家さんも販売の相手になるので、これまでの考え方では成績が残せません。商品説明を使用する農家さん向けにしなくてはいけません。農家さんのもとへ出向くことも大幅に増えました。さらにそこで試運転をしていただき、その様子を動画でネット上で公開していく。そういう地道な営業方針に変えたおかげで、徐々に直接のお問い合わせや販売数もあがっていきました」

そういった農家とのコミュニケーションは営業としての効果だけでなく、商品開発にも活かされている。2019年のヒット商品だという「水田カルチ」は、冒頭で紹介した「あめんぼ号」と同じ除草機だが、より軽く扱いやすいもの。「女性でも扱いやすいものを」「無農薬栽培の際の除草作業の負担を軽くしたい」「うちは規模があまり大きくないので安価なものはないか」などなど、農家の実際の声から開発が進められた。「予想以上だった」と備前はいうが、その開発契機どおり、女性や無農薬農家、都会からきて小規模で農業を始めた人などなどを中心にヒットしているという。ほかにも酒の席での何気ない会話から商品が生まれたりということもあるそう。農業を理解して、農家の悩みを聞き、本当にほしいものをカタチにして提供しているのだ。

海外展開も視野に入れた経営

営業部の大江弘夢も「農家に入っていく営業は大変だけどやりがいがある」と話す。大江は2018年2月入社。それまでは航空自衛隊で救助ヘリに搭乗していた。高校を卒業後、航空自衛隊へ入隊。さまざまな訓練、試験を終えた後、宮城の松島基地に配属。そのときに東日本大震災に遭遇。救助ヘリで出動した。その後、地元に腰をすえようと酒田に帰郷。農業の経験はなく、入社してからは農家さんに教えられることが多かったという。 「農業の経験がなかったということも関係したかもしれませんが、対ディーラーさんだけの営業ではなく、農家さんへの営業も積極的に行いました。そこで聞く農家さんの声を営業だけではなく、開発側へもフィードバックしています」

今後は海外への展開にも力を注ぎたいという。ひとつの事例として、台湾への販売がすでにある。台湾の業者が日本の知り合いに農機具の相談をしたところ、美善のホームページを紹介したそうだ。そしてホームページを経由して連絡が来て、直接の取引が始まった。台湾側の担当者は、台湾には小規模農家も多く、需要は大きいはずだという。そこに可能性を見出し、台湾をはじめアジアへの展開にチャレンジしたいと話してくれた。「入社から1年とちょっと。しかも農業経験なし。そんな自分の意見を聞き入れてくれ、任せてくれるというのはやりがいを感じます。台湾の話だって、相談したらすぐに“いいじゃん、やってみなよ”と言ってくれましたから」と大江は笑って話してくれた。

海外展開は今後のひとつの目標と備前も話してくれたが、そのほかにも農業の生産現場だけでなく農業の経営者としてのサポートをしたいという。例えば会計ソフトなどの開発や農業経営者としてのスキルアップのための研修など、ハード面だけでなくソフト面の開発も進めていく予定だと話してくれた。創業から70年を数える老舗のアイデア農機具メーカー美善は、時代に合わせて真に農家に寄り添う形で商品を生み出す会社なのだ。