次の世代に残したい、世界中の友達に見せたい風景が、里山だった
新川 晋悟/新川 みず穂次の世代に残したい、世界中の友達に見せたい風景が、里山だった
新川 晋悟/新川 みず穂日本ではまだなじみのない「A-frame House(エーフレームハウス)」。 アメリカ発祥で、セルフビルドが可能な三角形のこの家を遊佐町に建設中なのが、新川晋悟さん(以下:晋悟)、みず穂さん(以下:みず穂)ご夫妻。 建設作業の経験はゼロにもかかわらず、土地の開墾から部材の切り出し、塗装と、全てを自分たちの手で行う新川さんご夫妻。「里山に魅せられた」だけでは収まらないお二人の想いを伺いました。
※おつきあいが始まってまだ間もない頃(2016年5月)
-晋悟さんの出身が愛知県、みず穂さんは秋田県とのことですが、お二人の出会いは?
晋悟「大手ハウスメーカーの秋田支店に勤務していた時、通っていた英会話教室の先生が現在の妻です」
みず穂「入学カウンセリングで、彼は設計の説明文を英語の筆記体で書いてきたのですが、それが非常に、なんと言いますか、個性的な文章で。『あちゃ~』って思ったのを覚えています(笑)。でも超がつくほど多忙なはずなのにいつも笑顔を絶やさず、しかも休まないので、『この人は一体どうしてこんなに元気なんだろう』と興味をもつようになりました」
-みず穂さんの英会話教室は「笑顔でスパルタ」だとか。
みず穂「そうですね。(笑)日本語は必要最低限で、できるだけ英語を使用するように励ましています。それに、”You can do it!”としか言いません。主人とも、最初の約1年間は英語でしか話すことはありませんでした。その後たまたま日本語で話した時、私が『里山で英会話教室をやりたい』とふと言ったことが、彼にとってインスピレーションとなったようです」
※遊佐町に引っ越してきてから仲良くなったアメリカ人の友人と(2019年9月)
-A-frame Houseとはどのようにして出会ったんですか?
晋悟「秋田支社で設計をやっていた頃、毎日仕事が終わった後『1日1アイディア』を日課に、ノートに色々な案を書いていました。荒唐無稽なものも勿論ありましたが、その中で『自分で家を建てたい』と考えるようになりました。合掌造りの家からヒントを得て、三角形の家なら大空間のある家が人力で建てられるのではないかと。その事例を調べていた時に海外のA-frame Houseを見つけました」
-東京に転勤したのはその後?
晋悟「はい。英語を勉強していたこともあり、海外事業部に異動しました。そこでは、海外の不動産開発業者と組んで東南アジアに大規模な商業施設を建設するプロジェクトに関わりました。大変勉強になりましたが、「いくら儲かるか?」という視点で進む開発、それにより世界各地にできる同じような街にキュンと来なかったんです。もちろん、経済が発展するから土地の人の生活の質が上がる、というのはわかりますが、それを達成した後の世界に何を残したいかを考えるようになりました」
※ハウスメーカー勤務時代、アイディアノートに「三角形の家」が登場した頃(2016年6月)
-そこで里山とA-frame Houseが結びついた?
晋悟「そうですね。自然とつながっている事を実感しやすい場所を作り、多くの人に触れていただけるようにするにはどうしたらいいかを考えた結果、次の代に残したい里山に、A-frame Houseを建てて発信することだなと思いました」
-建設中のA-frame Houseを民泊にする計画もあるそうですね。
晋悟「実はA-frame Houseのことを、前職の社長に直接プレゼンしたこともありまして(笑)。その時言われたのが、『それでいくら儲かる?』でした。自分の見たい絵を創るだけならビジネスでなくてもできますが、ファンを増やすとか発信するとなるといくら利益が出るかを明確にしなければ、と気づくことができたのは社長のおかげです。そこから、A-frame Houseに民泊を掛け合わせたビジネスがいいなと考えました」
※オーストラリアに留学、カナダにワーホリ、世界2周…今まで訪れた国は40カ国ほど。
-『里山で英会話教室をやりたい』と思うようになった原点はどこにあったのでしょうか。
みず穂「カナダのハイダグワイ(※1)で、豊かなライフスタイルに触れたことです。カナダにはワーキングホリデーで行ったのですが、その直前に東日本大震災がありました。被災当時、私は宮城県気仙沼市の中学校に教員として勤めていました。2010年に退職届を出し、震災のあった3月いっぱいで退職予定でした。その後トラウマを抱えたままカナダに行き、脇目も振らず仕事も家も見つけて、『生きているから大丈夫』と自分に言い聞かせて……今思うと、物凄く自分を追い込んでいました」
※ハイダグワイ:カナダ西部、太平洋に浮かぶ島。先住民のハイダ族が独自の文化を育んできた場所としても知られる。
-ハイダグワイに行ったのは何故ですか?
みず穂「近いようで遠い島、先住民文化の豊かな島…なにか心惹かれる響きがあったからです。思いきって音楽祭のボランティアに応募し、それがカナダに行ってから初めての旅となりました。初日に、どうしようもなく美しい夕陽を見て、『日本に残してきた大好きな人たちを思い出して元気をなくすのはもうやめよう。これからは生きている限りこの命を喜んで、その喜びを出逢えた人たちと分かち合っていこう』と思いました。わずか5日間の滞在でしたが、本当にたくさんの友だちができ、宿のご主人にも『次に来る時は友だちとして来てね』と言ってもらいました」
-新婚旅行先でもあったとか。
みず穂「はい。今までに合計4回訪れていますが、そのうちの2回は主人と一緒でした。有無を言わさず連れて行って、『私が豊かだと感じる暮らしはこれ!』と。未来を一緒に築くためには、彼にハイダグワイを感じてもらうことが必要不可欠だと思いました」
※温かく迎えてくれた世界中のA-FRAME FRIENDSと(2018年8月〜2019年1月)
自分たちでA-frame Houseを建てるにあたり、世界にあるA-frame Houseを見に行ったという晋悟さんとみず穂さん。その数、何と半年で30か国。とにかくリサーチしながらの旅だったといいます。
晋悟「カナダから入ってアメリカ国内を縦横無尽に走り回り、その後ヨーロッパへ渡りました。旅の初めに中古のバンを買ったのですが、酷使しすぎて最初の一か月で壊れてしまったので、その後はレンタカーを借りることにしました。移動しながら私がA-frame House情報を集め、妻に交渉をしてもらうという感じでしたが、中にはいきなり訪問させていただいたお宅もありました」
-突然訪問して、怪しまれませんでしたか?
みず穂「それがそうでもなくて。いきなり訪ねて、『こんにちは!日本から来ました。あなたのA-frame House、とても素敵ですね!お話を伺ってもよろしいでしょうか?』と言うと、見ず知らずの私たちのために、皆さんたっぷり2・3時間かけて、家とそれにまつわる大切なエピソードをお話してくださいました」
-A-frame Houseを訪問した時は何を?
みず穂「私が『人』の話に耳を傾ける間、主人は家の写真を撮ったり、スケッチをしたり、測って図面におこしたりと、じっくりと『建物』に話しかけていました。A-frame Houseについては、特に構造に関する資料がないので、実際に建っている家を見て間取りや大きさや納まりがどうなっているかを学ばせていただきました」
-訪問先を選ぶ上で、あるこだわりがあったとか。
晋悟「人が住んでいるA-frame Houseに行こう、ということを決めていました。海外では民泊として使われていることが多いのですが、それでは人の話が聞けません」
みず穂「本当にひたすら人に会い、ひたすら人に感動する旅でした。いまだに繋がりのある人も多くいます」
※900WのハロゲンライトでライトアップしたA-frame house(2020年1月)
世界のA-frame Houseを周る旅を終え、いよいよ自分たちのA-frame Houseを建てるフェーズになります。しかし、晋悟さんは愛知県出身、みず穂さんは秋田県出身。直接のゆかりがない遊佐町を選んだのは何故かを伺いました。
-何故この場所を選んだのでしょうか?
晋悟「景色です。元々山と田園風景、そして冬の景色をA-frame Houseから眺めたいと思っていたところ、秋田に住んでいたこともあり、自然と鳥海山が思い浮かびました。鳥海山と家との間に電線やビニールハウスがないところを探していた時、たまたま出逢った地域おこし協力隊の方に教えてもらったのがこの土地でした。もちろん『ここだ』と納得するためにも色々な場所を見に行きました」
みず穂「父の実家が酒田なので遊佐町のことは少しですが記憶にありました。去年の2月に実際にこの地を訪れ、風景に感激しました。でも、主人は私よりももっと強烈にこの景色と恋に落ちていたと思います。長靴の丈よりも高く雪が積もっていた中で、集落を歩き回り景色を確かめていましたから。また、私たちがやろうとしていることに興味を持って関わってくれる、たくさんの地元の方に出逢えたことも決め手の一つです。『私たちが大切にしたい風景はこれだ』と納得できました。私はこの里山を次の代に残したいと思いますし、世界中の友達にも見てほしいと思っています」
※床の工事が進み、ゆったり座って景色を眺めながらの初ランチ(2020年3月)
-とはいえ、見知らぬ土地で新しいことを始めるのは勇気が要ったのでは?
みず穂「私の英会話教室が庄内地方で広く歓迎されたことは嬉しかったです。何しろ、食べていけないことには前にすすめませんから。人口31万人の秋田市ですでに教室経営を経験していたものの、人口1万3千人の遊佐町に描く「里山の英会話教室」が受け入れられるかという不安はありました」
晋悟「酒田にあるライトハウスなど、起業家を応援してくれる環境があったのも有難いです。Iターン当初はインターネットもない状況だったので。それこそ、ライトハウスにデスクトップPCを持ち込んで設計作業をしたり、来客対応に使わせていただいたりと、大変お世話になりました」
-建設中のA-frame Houseの施工は、お二人でされているとか。
晋悟「そうです。最初は竹林の開墾から始めました(笑)。A-frame Houseは『素人でも建てられる』がうたい文句で、アメリカではデパートでキットが売られていたこともあったそうです」
※施工中のA-frame Houseの中で説明をしてくださる晋悟さん
-今回の家も、そのキットを?
晋悟「いえ、自分で木材の切り出しから行っています。大工経験はゼロで丸鋸の使い方すら知らなかったのですが、やってみれば意外とできるものだなと(笑)。三角形の構造は、根元と長ささえ合っていれば問題なく建てられます。重機も不要で、骨組部分を起こす時は地面に三角形のフレームを作って引っ張り上げます。実際、試行錯誤しながら妻と二人でやりました。最後のフレームは『上棟式』を行い、協力者の皆さんと一緒に引っ張ったのですが、楽しんでいただけたようでした」
-簡単に建てられたとして、安全性は大丈夫なんでしょうか?
晋悟「三角形は大変強い構造です。地震やトルネードの多い地域に建っているA-frame Houseもあります。ただ日本ではまだ馴染みがないので、建てることに問題がないか確認をするのには手間がかかりました。東京の役所をいくつか訪れ尋ねたのですが、まず三角形の部分が壁なのか屋根なのかという議論が起きたり、各役所で見解が違ったりしました」
-完成はいつ頃ですか?
晋悟「4月末を目指しています。ただ、自分で作業をしているとあれもできそう、これもやりたいと色々出てきてなかなか進まなくて(笑)。例えば鳥海山側を大開口にして景色を見渡せるようにしたり、敷地内で切り出した竹を間接照明に使ったり、屋根材にこだわったり、墨汁染めをしてみたり……色々ぶっつけ本番なこともありますがその分既成概念がなく、数値計算に基づいて自由にやっています」
※黒い部分の塗装は墨汁で行ったそう
-ちなみに、『自分で家を建てる』の意味を知った時、驚きませんでしたか?
みず穂「『できる……の?』と思いました。でも、私一人の人生では出会えないミッションだったので、『面白い!』が先に立ちましたね」
※上棟式で、大切な家族・友人たちと(2019年9月)
-民泊にする計画について詳しく教えてください。
晋悟「まずは私たち自身がこの空間をとことん満喫し、より喜んでいただける『家』に育てていきます。オープンは『この喜びをシェアしたい!』と思ったタイミングで。また、新しい体験の提供も大切なポイントです。大開口の窓を作って里山を見渡せるようにしたことも工夫の一つです。見せることによって、目に映る景色を守ろうという意識の芽生えにも繋がりますし」
-今後何をするかは決めていますか?
晋悟「A-frame Houseの魅力を発信をします。私たちが作った家を基準にして日本仕様のA-frame工法を具体的に決めていきます。個々人に伝えるのか、一気に広めていくのかなど選択肢は常にありますが、ワクワクするのはどちらだろうという視点で考えています」
みず穂「色々やりたいことがあります。まだまだ世界各地に訪れたいA-frame Houseがたくさんあるので、事業がうまく回って状況がGOサインを出してくれたら、旅にも出たいです。また、里山を次の世代に残すために自分たちに何ができるか、地域に何を返していけるかを考えたいです。自分が生まれたまちや住むことに決めた場所で、自分だけじゃなく周りの皆も喜んでいられたら素敵ですよね。だから、そのお手伝いを遊佐ですることで、私たちが関わる人には豊かな庄内を喜ぶ顔が浮かんでいてほしいなと思います」
※東京駅前で、旅立ちを前に(2018年6月)
-「ショウナイターンズ」のキャッチコピーでもある「庄内でなりたい自分になる」。晋悟さんとみず穂さんは、庄内でなりたい自分になれていますか?
みず穂「なれています!出逢いを喜び、人生に感謝して、愛情豊かに暮らす世界中の友人が私にとって「なりたい自分」です。あと、個人的に遊ばない人は働いちゃだめだと思います。せっかく生まれてきたんだから、誰かに差し出すだけじゃなくてまずは自分を喜ばせないと。庄内は都会と田舎の両方がある、仕事と遊びのバランスをうまくとれる地域なのではと思います」
晋悟「昔なりたかった絵を既に越えた状態ですが、評価は難しいです。というのも、家の完成はこれからですし、自分自身まだまだ変われる気がするので。でも、自分の時間を味わいながら、自然の近くで仕事ができるのは非常に面白いです。朝、白鳥が飛び立つのを見ながらコーヒーを飲んで一日が始まるなんて経験、なかなかできません」
名称 | 新川 晋悟/新川 みず穂 |
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神奈川県鎌倉市出身。夫に連れられる形で、2018年3月より縁も所縁もない山形県酒田市に移住。ライター仕事やブログ「ボンジュール庄内」運営のかたわら、適度に便利でゆとりある地方都市生活を日々満喫している。現在は、酒田にボードゲームカフェを開くべく奮闘中。ちなみに夫はフランス人で「ガンバリーニ」は本名。 ボンジュール庄内