宿泊客が心地よく滞在できるのは従業員がやりがいを持って働くホテル。その理論でホテルインを活性化させる。

株式会社月見 代表取締役社長 白旗 夏生

酒田、酒田駅前、鶴岡の3軒をグループ展開するホテルイン。経営元の株式会社月見では現在、酒田駅前に新業態のホテルの開発に取り組むなど、地域活性化に向けて取り組みを進めている。代表取締役社長を務める白旗夏生に話を聞いた。

酒田に生まれ、親の転勤によって小学校3年生から高校卒業までを愛知県で過ごした。山形市内の大学を卒業すると、最初に就職したのが市内のホテルだった。月見の創業者が白旗の叔母にあたり、ホテル業に意識が向くのは自然だった。

「大学では教育学部で先生を目指していたのですが、ちょうど就職難の時期で公務員が人気で、教職は非常に倍率も高かったんです。学生時代に飲食店などサービス業のバイトをしていたので、サービス業には魅力を感じていました。やはり、お客さまの声を直接聞くことができるのが大きいですね。自分のサービスの質がよければ嬉しい声が返ってきますし、逆に気を抜いたサービスをするとすぐに伝わってしまう。お客さまの声がモチベーションにつながります」

地域の魅力を感じてもらうサービス

ホテルインは、いわゆるビジネスホテルに分類されるホテルだ。1泊か2泊滞在するビジネスマンが客層の過半数を占めており、そうした滞在客に対して、1泊5000〜6000円ほどの宿泊料金で最大限の満足感を提供するために試行錯誤を続けてきた。

「ビジネスホテルで行うのは、人の根本的な営みである、食べる、寝るということです。丁寧にベッドメイクを行い、清潔感のある部屋で休んでいただくこと。そして朝起きてから、1日の働く活力の源として、朝食にもこだわりを持っています。

まず庄内地方は米の産地です。美味しいお米を地元の料理と一緒に味わっていただくことにこだわっています。例えば、地元では当たり前に食べられている塩納豆や、定番の芋煮はご好評いただいていますし、自家製のイカの塩辛や孟宗筍を酒粕と味噌で煮た孟宗汁など、季節ごとの料理を日々工夫してご提供しています。初夏のさくらんぼをはじめとする季節ごとの果物も人気です」

出張も多い白旗は「宿泊先の朝食が充実しているとちょっと得した気分になって、いい1日の始まりになったりしますよね」と笑うように、実体験に基づいたサービスが宿泊客を惹きつけるのだと理解している。

従業員が自ら考えて接客を行う

先代の頃から、ホテルインではマニュアル通りのサービスに対する疑問から、接客を行ってきた。管理者が従業員に押し付けてしまうことでモチベーションを低下させ、それによってサービスの質が低下することへの懸念からだ。そうではなく、一人一人のスタッフがサービス内容を考えれば3店舗それぞれのカラーも生まれ、宿泊客にとってもマニュアルが透けて見えることはなく、「自分のためにサービスしてもらえた」と感じられるコミュニケーションが生まれる。

「基本的な考えとして、『人として親切な行動を』と常日頃から従業員に伝えています。お客さまと従業員も人対人ですから、意志が通じ合わなくてトラブルが起こってしまったり、対応に困るようなリクエストを受けたりすることもあります。クレームをいただいた時も、必要なのは、人として親切な行動とは何なのかを判断基準に考えた対応です。お客さまのための本当のサービスにつながるのはそうしたときに生まれる言葉や行動であって、それはマニュアルで共有できるものではありませんよね」

白旗は先代から代表の座を継ぐ際に、先代が心がけてきたのと同様に、閉塞感のある会社にしたくないという考えに基づいて経営を行っている。そこで昨年から打ち出したのが「プロジェクト制度」だ。ホテルを未経験で中途入社する社員も多く、また一般的に離職サイクルの早い業種だと言われているホテル業界において、離職率が非常に低いホテルイングループの背景にはそんな経営理念があるようだ。

「スタッフたちが『何か意見を言ってもどうせ変わらない』と思うような職場には絶対にしたくないと思っています。そこで導入したのがこの制度です。社員がプロジェクトのプランを出して、その意義をプレゼンしてくれれば、予算を使って実現できるという制度です。若手もベテランも関係なく、いろいろなアイデアを出してくれています。例えば昨年は、楽天トラベルの朝食フェスティバルというので全国5位になったのですが、それもフェスティバルに参加したいという若手社員の発案から実現しました」

楽天トラベルが2010年から行うこのフェスティバル。日本全国の朝食にこだわりを持つホテルや旅館がエントリーし、楽天会員とウェブ投票によって各都道府県代表を決定するファーストステージからスタートする。そして、日本全国から都道府県代表の朝食が集結すると、一般募集による審査員たちがコンテスト会場で試食し、投票を実施。最終的には有名シェフや料理専門家によって「日本一の朝ごはん」が選出される。

「風通しのいい会社を目指す」ためにプロジェクト制度を導入し、そのことで従業員のモチベーションがさらに高まる。実際にプロジェクトを成功させるために従業員間の結束も強まり、その結果から達成感が共有される。その好循環がホテルイングループのサービスの質を向上させ、居心地の良い空間が生まれる。

全従業員と向き合い、声を聞く

「経営陣が従業員の皆さんがやりたいことを叶える場を作り、そうすることで、従業員からはお客さまのために何をできるか、ということを自発的に考えられるホテルになる。それが私の経営者としての持論です。必然的に、お客さまがまた泊まりたいと思えるホテルを作るためには、結局はスタッフにとって働きやすい環境を整えることが一番大事なのではないでしょうか」

資格取得を支援する手当の制度や、ロビーの改装など、社員が提案したプロジェクトで実現したものは多様なのだが、その中でもユニークなもののひとつが「夏生の部屋」だ。5人ほどのグループで社長と飲む小規模の飲み会だ。年間で30回ほど、社員のみではなくパートも含む140人ほどの全従業員と膝を突き合わせる機会が設けられた。「直接に意見をもらう機会もありましたし、全従業員と顔をあわせることができて自分としても勉強になりました」と振り返る白旗の表情からは、充足感のようなものが伝わってきた。

「二宮尊徳さんの『道徳なき経済は害悪であり、経済なき道徳は寝言である』という言葉を私は座右の銘にしています。要はバランスですよね。社員のモチベーションとお客さまの満足度をどうバランスよく成立させるかということもそうですし、県外のお客さまを地元のかたのご紹介で呼んでいただくために、どうやって地元のかたに信頼していただくホテルになるかということもそうです。そうしたバランスが上手く成り立つように、勉強を続けていきたいですね」

住所 山形県酒田市あきほ町650-4
名称 株式会社月見 代表取締役社長 白旗 夏生