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人を想うと、うまれる未来を

GRN株式会社 / 営業:営業・コンサルタント(法人向け)/ 総務:財務 / 総務:その他 / 広報:企画

インタビュー記事

更新日 : 2024年01月29日

GRNは酒類の製造・販売や自販機整備の事業を主軸に、近年は企業のM&A(合併・買収)を通して設備・管工事などへ事業領域を広げる成長企業だ。今回、アニメや映画の世界に強烈に引き込まれ、インスピレーションの赴くまま富山に移り住み、GRNグループの若鶴酒造に中途入社したという、感受性豊かな若手社員に話を聞いた。

 

・鈴木希望(すずき・のぞみ)若鶴酒造 企画マーケティング課課長

2023年4月中途入社

 

GRN株式会社 事業概要

  • 地球規模で爽やかさ届けるグローバル企業

 

 GRNは2015年に北陸コカ・コーラボトリングが持つ非清涼飲料事業を切り離し、高岡市に設立された。社名のGRNとは、「GLOBAL REFRESHMENT NETWORK」の略語。「地球規模でREFRESHMENT(爽やかさ)をお届けする」という経営理念を表している。

 その名の通り、現在は国内11社のグループ会社に加え、中国、ベトナム、オーストラリアの3カ国に進出し、自販機に関するさまざまな事業を展開するグローバル企業へと成長している。

 

  • 核となる4つの事業

 

 国内で重点を置いている事業は、大きく4つに分類される。

 一つ目は、GRNの売上高約100億円のうち半分近くを占める、酒や食品を取り扱う「リカー&フード事業」だ。グループのルーツである若鶴酒造(砺波市)が製造する日本酒やウイスキーの販売が事業の中心となる。このほか、横浜市を拠点に輸入酒類の卸売業を行うリラックスとウイック、金沢市では「鉄板焼薪火三庵」やモルトバー「ハリーズ金沢」などの飲食店も展開している。

 二つ目の「ベンディング&空調ユニット」は、自販機の修理・保守、管工事としては空調施工や給排水工事などの事業を担う。

 三つ目は、自治体や流通業、製造業などからペットボトルやアルミ缶、スチール缶を回収し、再生する「リサイクル事業」。四つ目は、システム開発や、データ分析を通じ顧客のさまざまな課題解決に取り組む「コンサルティングユニット」となる。

 

  • 飛躍となった若鶴酒造のウイスキー復活

 

 社業の源流でありGRNの主事業を支える若鶴酒造だが、2015年にGRNが設立されるまでは、数年に渡り赤字経営が続いていた。GRNの事業を軌道に乗せる上で、第一に取り組んだのが若鶴酒造の収益性の改善だった。

 転機となったのは、東京の外資系企業で働いていた若鶴酒造5代目でありGRN株式会社常務取締役もつとめる稲垣貴彦氏の家業へのUターン入社だ。事業浮揚に向けた起爆剤を探す中で、2015年末、敷地内において半世紀前に造られたウイスキーが入った樽を見つけた。貴彦氏はこれに価値を見いだした。蒸留から55年経過しているので1本55万円と値付け、インターネットで155本を売り出すと、瞬く間に完売した。

 

  • 北陸で唯一のウイスキー蒸留所をオープン

 

 1862年創業の若鶴酒造だが、実は戦後からウイスキーの蒸留を手掛けていた。太平洋戦争で日本酒の原料の酒米が手に入らなくなった際、二代目の稲垣小太郎が米以外の原料から作れるウイスキーの生産を1952年から始めたのだ。

 80年代のウイスキーブームで一時的に出荷は増えたが、その後、酒の種類が多様化し、ブーム終焉とともに国内のウイスキー消費が激減したが2009年ごろにハイボール人気が再燃すると、ウイスキーブームが再来。この流れにうまく乗ることができた

 貴彦氏は、三郎丸蒸留所の改修に乗り出す。改修費用をクラウドファンディングで募ると、目標額2500万円を上回る3800万円余りが集まった。17年には、北陸で唯一の見学可能なウイスキー蒸留所のオープンにこぎつけた。

 高岡銅器の梵鐘製造技術から生まれた世界初の鋳物製ウイスキー蒸留器ZEMON(ゼモン)を導入、銅と錫の2つの効果でよりまろやかで高品質な蒸留酒の製造を実現。新たな取り組みの積極化が功を奏し、若鶴酒造は経営のV字回復を成し遂げた。

 

  • M&Aで広げる事業領域と地元貢献

 

 若鶴酒造の再建とともにGRNが力を入れたことが、新たな収益源の確保に向けた事業の多角化だ。

 そのために実施したのがM&Aをはじめとする資本施策だ。2018年には輸入酒類卸の株式会社リラックスとその子会社の有限会社ウイックを、19年には空調設備施工を手掛ける日本海調温株式会社を、23年には上下水道本管工事などを事業とする昭和工業株式会社を、それぞれM&Aでグループ企業に取り込んだ。

 「企業を成長させていくには、ゼロから新たな事業を立ち上げるよりも、M&Aなどの資本提携などの施策の方がスピーディーで効率がよい面がある」GRNの経営戦略部長を務める今田氏は話す。

 M&Aには、後継者不足で廃業が懸念される地元企業を、GRNグループに参加頂くことで事業継続を図る狙いもある。今田氏は「県内では、設備業、インフラ業を行える企業は後継者不足などにより減少しており、廃業が続けば地域にとってもプラスではない」と指摘する。「M&Aで事業を継続させ、人材を育成できる流れを作り、この流れを食い止めたい」と話す。

 

  • 今後の成長のカギを握るM&A専門人材

 

 とはいえ、地方では、まだまだM&Aに対するイメージは悪く、思うように進まないことも多々あるという。また、自社でM&A先の企業価値を調査するデューデリジェンスを行える専門社員もおらず、事業領域を広げていくにはスピード感に課題もある。

 現在、こうした課題解決を図るべく、M&Aに関する専門的な知識や経験を持つ人材を募集。よりGRNの事業との親和性の高い企業のM&Aを進めていきたい考えだ。

 今後は、石川や福井を含めた北陸地方を中心に事業領域を広げる方針を示す。社員の女性比率を現在の約25%から押し上げ、若い女性が活躍できる職場環境も整える意向だ。

 「GRNグループはさまざま職場で働ける選択肢がある。富山で働き続けたいという要望にも添えるし、海外で働くことも可能だ。オーナーシップを持ち職務に主体的に取り組む人材を募集している」と今田。多様な人材を集め、さらなる飛躍を目指す。

 

 

  • 転職5カ月で課長に抜擢、異例の爆速出世!

 

 横浜市で生まれ育ち、大学卒業後に東京都内のIT企業に新卒入社した鈴木。そこで5年間勤続した後、今年4月に中途でGRNグループの主要事業を担う若鶴酒造に入社した。

 配属されたのは、ウイスキーなど酒類のマーケティングや販促企画を担う戦略企画課(現企画マーケティング課)。そこで、ウイスキーを樽単位で購入した人に特典を与える新たな樽オーナー制度や、コミュニティー会員を増やすためのイベントなどを具体的に形にしていった。前職で海外製品の営業を担当していた経験を生かし、英語を用いて海外からウイスキーの輸入原酒を調達する業務などにも携わった。

 短期間ながらも、業務に取り組む姿勢や実績が評価され、6月には課長代理に昇進。8月末の課長の退職のタイミングで、9月に正式に課長に就任し、入社5カ月での異例の爆速出世を果たした。

 もっとも、入社の面接時から鈴木のウイスキーへの仕事について、訴えかける熱量は半端ない大きさだった。前職の経験を生かし、スコッチウイスキーの輸入事業を通して、自身が関わることのメリットとあるべきスキームについてパワーポイントを用い、面接を担当した幹部社員に懸命に伝えたという。

 

 

 「今はウイスキーと心中するつもりの覚悟で働いています。そうした真剣な姿を見ていただいて評価されているのかなと…」。控えめに語る鈴木は、現在、約10人の部下を率いる管理職の業務にも追われる。

 「若鶴酒造の皆さんは自分たちが造るお酒を本当に大切にされている。東京から来た私はよそ者扱いされるのではという懸念もありましたが、そういう懸念もすぐに消えて、すごくなじませてもらっています」。若鶴酒造で働く充実感をみなぎらせる。

 

 

  • 35歳までに北陸に移住したい、影響を受けた心象風景とアニメ

 

 転職は当たり前といわれる今の時代。鈴木もその例に漏れず、「20代後半を迎え、自分のあるべき姿を考え出すようになった」。新卒で入社した東京都内のIT企業では勤務5年目を迎えたが、直近に担当した自社開発のソフトウエアやサーバーなどのシステム販売営業の現場は、月の残業時間が100時間を超える過酷な労働環境だった。「このままでは身体的にも疲弊してしまう」。転職を決めた瞬間だった。

 ただ、転職に当たり、一定の方向性はすでに見いだしていた。

 「35歳までに北陸に移住するという人生設計はあった」。そう思い描かせるようになったひとつの心象風景がある。幼少の頃に度々訪れた叔父が住む長野。そこに広がる八ヶ岳の雪景色だ。郷愁に駆られるようなその光景に強く心を動かされ、「いつか雪の降るところに住みたいと思った」

 そして、北陸移住への決意を後押ししたのが、鈴木が高校生時代に出合ったアニメ作品「花咲くいろは」だ。富山県南砺市にあるアニメ制作会社ピーエーワークスが手掛けたこのアニメの舞台は、金沢市湯涌町にある温泉街。東京育ちの女子高校生の主人公が、あるきっかけで見知らぬ温泉街の旅館の中居として働き、停滞した毎日の生活から脱却し、日々成長しながら、自身のあるべき姿を見つけていくその姿に、共感と憧れの気持ちを抱いた。

 このアニメに大きな影響を受けた鈴木は、ロケ地である金沢に足を運ぶようになった。そのうちに、「このアニメ作品関係なしに、北陸はいい場所だと思うようになった」。気が付けば、興味は金沢に隣接する富山にも向かっていた。

 

 

  • コロナ禍で魅了されたウイスキーを仕事に

 

 希望する移住先を「北陸地方のどこか」とおぼろげに決めた一方、転職先は「ウイスキーに関する仕事」と明確に決めていた。

 新型コロナウイルス禍で外出が制限され、自宅でウイスキーを愛飲するようになり、鈴木は気付かされることがあった。鈴木が生きていくうえで、大切にしているものがある。それが「探求」と「成長」だ。

 実は鈴木、世界的な人気を誇るポケットモンスターの対戦ゲームの全国大会において、過去に準優勝した経歴を持つ。「学生時代に対戦ゲームを本当に真剣にやっていました。過去のゲームでの経験を振り返り、自分の志向性を分析したとき、探求と成長が自分の“根源の渦”であると感じた」。“根源の渦”とは、鈴木が好きなTYPE-MOON作品に登場する概念で、「魂のすべての由来と死んだ後に帰る場所」という意味合いで用いられるという。

ある事象を突き詰めて、それによって成長を感じる。対戦ゲームで戦績を積み上げていく過程は、まさに鈴木の志向性を具現化したものだった。

 同じことをウイスキーの製造過程にも感じ取った。

「さまざまなウイスキーを飲んでいるうちに、蒸留所や年代によって、味の違いが(探求と成長の根源があると)あると感じた。まさに、探求と成長がそこにあった」。

 大麦を原料として単式蒸留器によって蒸留したスコットランドのモルトウイスキー、同じ蒸留所で熟成された複数の樽の原酒をブレンドしたシングルモルトウイスキー…。原料や製造国でも大きな違いを感じ取れる多種多様な世界に、鈴木の志向性はおのずと向かっていった。

 

 

若鶴酒造で働いて約5カ月。鈴木は「前職ではなかった〝セレンディピティ〟が、今の職場では大量に落ちていて、本当に楽しいですね」と笑顔で話す。

 セレンディピティとは、「思いもよらなかった偶然がもたらす幸運」を意味する言葉で、探求と成長のほかに、鈴木が生きる上で常に意識している言葉のひとつ。

「100%手に入るとわかっているものを手に入れても、あんまり面白くない。横道をそれて歩いていたら、いい感じの町中華をみつけて、『え、美味しいじゃん?』。そういう毎日を送りたい」。予定調和の人生は、鈴木が最も忌避するところだ。

 

 

  • 車を持たない富山生活、その理由とは?

 

 地方在住者にとって重要な生活の足となる自家用車を鈴木は保有していない。移動手段は、もっぱら公共交通機関と自分の足だ。「運転免許は持っているが、お酒を飲むと運転できなくなるから」。その理由は明快だった。

 雄大な自然を有す富山への移住者は、休日には観光名所を巡ったり、アウトドアに興じるなどアクティブに過ごす人も珍しくない。だが、鈴木は友人宅や街中にお酒を飲みに行って過ごすなど、休日もお酒を絡めた生活を送る。今後、冬場に積雪した環境での生活に一抹の不安を感じてはいるものの、近く車を購入する予定はないとのことだ。

 むしろ、都会の喧騒から抜け出したかった鈴木にとっては、幼少期に心を動かされた雪景色は待ち遠しい。「現在は、住んでいる場所から雄大な立山連峰が見えるだけで満足しています。すごく勇気をくれますよね。あれだけ壮大なものが身近にある。目の当たりする度に背筋が伸びる感覚です」。仕事の繁忙期が終わり、生活が落ち着いたら県内の自然を目いっぱい味わいたいと話す。

 ただ、一点だけ富山で生活していて、「足りない」と感じることがあるという。「絵画や美術が好きで、横浜に住んでいた頃は展覧会を見によく行っていたのですが、富山にそういった会を催している場所が少ない。ウイスキー以外のことをインプットする機会が減っていることに危機感を感じている」。首都圏への出張の際は、仕事終わりに美術館などを巡るのが、鈴木の密かな楽しみのひとつだ。

 

 

  • 土曜日は金沢でバーテンダーとして飲み手と交流

 

美術館などミュージアム施設の少なさだけでなく、本格的なウイスキーをたしなむ環境が少ないことも、富山に対して抱く不満点だという。

 

 

 「富山にはモルトウイスキーの品ぞろえが充実したバーが東京に比べあまり多くない。」と悩みを打ち明ける。

 「なんとか、色々なモルトウイスキーを日常的に飲み、飲み手としても成長を続けていけないか」。上司と話している中で、GRNグループが金沢で経営しているシングルモルト専門のバー「ハリーズ金沢」の存在を知った。

 「ぜひ、そこで働かせてください」。上司に頼み込み、5月末から毎週土曜、午後6時~11時までバーテンダーとして働かせてもらえることになった。週末は、現在住んでいる新高岡から新幹線で金沢まで通い、バーテンダーとして副業勤務し、終電で帰宅する。

 「バーで働くことが息抜きになっています。ウイスキーの製造に関わる者として、バーは飲み手となるお客さまと直接接することができる貴重な場でもあります。こういう機会を週1回持てていることは仕事上のバランスもよい気がします」

 休日でも仕事をいとわない鈴木。「(自分の健康や趣味よりも仕事を優先してしまう)ワーカホリックみたいなところはある」と自嘲する。あくなき探求心を突き動かすのは、「ぼんやりと日々を過ごすのが辛い」という行動原理にあるようだ。

 

 あくなきウイスキーへの情熱はどこにたどり着くのか。生き急ぐように探求と成長を求める異端の若者の旅路は続く。