漁師 朝日町在住 愛知県豊田市出身 徳田聖一郎

30歳で地元の大手製造業を脱サラし、漁師となることを決意した徳田さん。
北海道利尻や三重県、和歌山県での漁業体験を経て、地方の発展のためにその土地に住んで活動する「地域おこし協力隊」として富山県朝日町に移住。
その任期を2021年5月に終了し、現在は独立して自身の船「聖徳丸」に乗り、漁師として日本海の荒波に立ち向かっています。
朝日町とは全く縁もゆかりもなかったという徳田さんに、なぜ見知らぬ土地で漁師を目指したのか。話を伺いました。

Q 徳田さんが脱サラしたきっかけは

愛知県豊田市の高校を卒業し、そのまま地元豊田の大手製造業に就職しました。
仕事内容は製品品質の品質保証業務です。
クレーム対応などストレスのかかる仕事でした。
お金と休日のために働いていたと言っても過言ではありません。

職場では大手企業ならではの縦割りと社内政治で皆が責任逃れのための仕事をしていたように感じます。
金銭的な待遇や将来の安定性だけを考えれば我慢してこのまま働き続けることが賢い選択だったと思いますが、このままの人生は絶対に嫌だなと感じ、辞めることを決断しました。

 

Q 辞めるときに葛藤はなかったのですか

周りからは大反対されましたよ。
今の会社を辞めて別の会社へ転職したい旨を父親に話をしたときに、「同じような会社へ転職しても同じだぞ」と言われ、それなら自分のやりたいことをやろうと決めました。
それが30歳の時でした。

その時に読みあさった本の影響も大きかったですね。
ソフトバンクグループの孫正義氏や実業家の堀江貴文氏の本を読み〝動かないと何も始まらない〟〝やらないことが一番の失敗だ〟といった言葉に後押しされました。

Q その中で漁師という仕事を選ばれた理由は

もともと魚が好きで、それに携わる仕事がしたいという思いがあり、そこから徐々に漁師という職業が浮かんできました。
それに、やるなら人が喜ぶ仕事をしたいという思いがありました。
人はおいしいものを食べたときに自然と笑顔になります。
自分が捕ったもの、加工したものを食べてもらい、喜んでもらえたら最高です。

 

Q 移住先に朝日町を選んだきっかけは

インターネットや電話で日本全国の漁業組合に片っ端から漁業体験の問合わせをしたんですね。
その中で最初に北海道利尻島の漁港で漁業体験をしました。
そこからは鳥取や石川、三重など、全国各地の漁業組合に訪れ、漁業体験をさせてもらいました。

実は素潜りの漁がしたいという思いがあり、素潜り漁を実施している漁港に絞って調べていました。
そんな中で見つかったのが朝日町の漁業組合です。
朝日町の漁業組合は県内で一番小さな漁業組合ですが、漁業組合トップがさまざまなことに挑戦していきたいという考えだったこともあり、フットワークがとても軽い環境だと感じました。これが選んだ決め手ですね。

 

Q 朝日町での仕事や生活はどうですか

2019年6月から21年5月まで地域おこし協力隊の制度を利用させてもらっていました。
そして、今年(21年)6月に漁師として独立しました。
地域おこし協力隊の3年間で現在の姿をイメージし行動してきたので、独立するときにはそこまでの不安は感じていませんでした。
何より、朝日町の方々が僕のような移住者を応援してくれる雰囲気があり、本当に心強く感じています。

 

Q 今後の目標は

今は〝聖徳丸〟でベースとなる漁師の仕事をしつつ、魚の加工やインターネット販売、イベント出店などさまざまなことをやっていきたいと思っています。
また、地元愛知に自分で獲った朝日町の魚を卸せたら最高ですね。
朝日町に住んでから、仕事に対する考え方が大きく変わりました。
お金のためではなく人のために働くことが幸せなことだと実感しています。

漁師 徳田聖一郎