家印株式会社代表取締役 一般社団法人みらいまちLABO副代表  坂東秀昭

2006年に坂東建築設計室を創業後、15年に建築会社「家印(やじるし)」を創立。地域創生や起業家育成を目的とした団体「みらいまちLABO」の副代表を務め、富山県をはじめ地方発の起業家の発掘と成長に携わっています。
県内で地方創世に向けた優秀な事業の取り組みを表彰する「地方創生アワード」の実施を目標に日々精力的に活動する坂東さんに、これまでの経緯や今後の展望について話を伺いました。
 

Q 家印はどのような会社ですか

家印では新築住宅、設計管理、空き家管理事業を行っています。空き家管理事業は人と人をつなぐ仕事だと思っています。

最近、動画投稿サイト「YouTube」での動画配信を始めました。提供する空き家に、どのような人が住んでいたのかをドラマ仕立てにして作成した映像を配信しています。
次に住もうとしている人に安心感を与える意味でも、住んでいた人の人柄まで理解してもらえるよう映像づくりは心がけています。

この動画の効果もあってか、最近は毎週問い合わせがあり、1件ずつ空き家がなくなってきているのを実感しています。

 

Q 映像制作や空き家活用が好評のようですね

住んでいた家や営業されていた店舗に思い入れがあっても、どうしても手放さなければいけないお客さまもいます。
そうしたお客さまに対しては、かつて住んでいた家や働いていた店舗の様子を映像に残してプレゼントするサービスも行っています。
家や店舗はなくなっても思い出は残したい|。そう思っているお客さまから大変感謝されます。

また、最近は広い空き家も多くあり、企業のワーケーションや保養所として活用してもらうための活動にも力を入れています。

地域の人々が集まるコミュニティースペースを作り、そこでイベントなども行っています。
ここで集まった人たちと夢を語り合い、朝日町を良くしていく方法を話し合っていますよ。

 

Q 朝日町の存続に危機感を持っている

2014年に日本創成会議が、40年までの間に人口減少が進み存続できなくなる自治体を「消滅可能性都市」として公表しました。
富山県からは15都市中5都市が選ばれましたが、その中で朝日町が富山で最初に無くなる町だと指摘されたのです。

これはまずいと思いましたね。
そこで朝日町長が15年に朝日町再生会議を発足し、私はその再生会議委員に就任しました。
そこでは特に空き家の解消と移住者増加という2つのテーマを推進してきました。
当時空き家は577件あり、年40件ずつ増加していたものを利活用や解体を進めることで、3年後の18年にはゼロにすることができました。

一方で、移住者を増加させることはかなり苦戦しています。
移住検討者に聞くと、そろって口にするのが「朝日町には働き先がない」という課題でした。

自分たちではどうすることもできない…。

そんな課題に直面し悩んでいたときに、テレビ番組で富山市出身の投資家、レオスキャピタルワークス代表取締役の藤野(英人)さんを見つけました。

 

Q そんな藤野さんとは、どのように出会ったのですか

「藤野さんが来ていただければ朝日町は良くなる」という私の〝勘〟で、藤野さんに声をかけさせてもらいました。
最初は簡単にあしらわれたのですが、何度も何度もアプローチをかけ、思いを伝え、何とか朝日町に来ていただけることとなりました。
1年半近くかかりましたね。藤野さんは「坂東の熱量に負けた」とおっしゃっていましたよ。

その後、実際に藤野さんに朝日町を見に来て頂き、みらいまちLABOが発足しました。
そこでは富山県をはじめ地方発の起業家や朝日町を含めた富山県全体の交流人口を増やすことを目的として活動しています。

 

Q ところで坂東さんは柔道少年だったそうですね

朝日町は柔道が盛んな地域で、私も小学校から大学まで柔道一筋で過ごしてきました。
将来は柔道に関わる仕事をするものだと思っていたくらいです。

しかし、度重なるケガによりその夢をあきらめてしまいました。
それが大学2年生の時でした。柔道がなくなって、自分は将来何をしたいのか考えたとき、本当に悩みましたね。

 

Q 次の夢はどのように見つけたのですか

あるとき、部屋をDIY(日曜大工)したところ、すごく面白くて柔道以外で夢中になれるものを見つけました。
次第に建築家に憧れ建築を学びたいと思うようになり、大学卒業後、東京の専門学校で建築を学びました。

その後、富山へ戻り建築会社に就職したのですが、その会社が入社5年後に倒産してしまったのです。
建築の仕事が厳しいことを実感して、しばらく建築からは離れていたました。

しかし、31歳の時に朝日町の知人から新築の設計を依頼され、そこで再び建築のやりがいを認識し、復帰を決意しました。

 

Q 独立には大変な苦労があったのではないですか

個人事業主として7年間仕事をしていましたが、売り上げもほとんどなく親に頼って生きておりました。
親からは「もう夢をあきらめてくれ」と懇願されましたね。

何とかして売り上げを向上させるために〝脱下請け〟を目標にかかげ、自分で仕事を取ってくることを目指すことにしました。
そうなったときに必要なことは信用であり、地域貢献が信用になると考え行動してきました。それが今につながっていると実感しています。

 

 

Q 家印をどのような会社にしていきたいですか

家印では建築を通じてまちづくりを、そして関わる全ての人を幸せにすることを心掛けて経営しております。
幸せが広まれば結果的に地域に貢献できると考えているからです。

そのために、誠実な対応や感謝の心、助け合い、支え合いの精神を大切にしています。
匠な設計やデザイン、安心安全な施工は勿論ですが、それ以上に家印と関わるすべての方が〝満足=幸せ〟を感じていただくことを目指しています。

家印株式会社

私たち家印株式会社は富山県の最東端、朝日町にある建築デザイン会社です。

建築設計・施工を主な生業としながら、まちづくりまで行っています。

私たちは建築を通じて関わった全ての方に幸せになって頂くことが一番大切なことであると考えています。

関わる全ての方とは、お客様・職人さん・業者さん・家印のスタッフとその家族を指し、“幸せ”が広まり結果的に地域に貢献(まちづくりにつながる)できるよう活動をしています。

そのために、誠実な対応・感謝の心・助け合い・支え合いの精神を大切にしています。匠な設計やデザイン、安心安全の施工は勿論ですが、それ以上に家印と関わる方が“満足=幸せ”を感じて頂くことを目指しています。