街の一角に佇むサードプレイス。非日常と美しい時間が宿る『INABAR』
間口1.8ｍの日本一小さい神社といわれている「中教院神社」。皇道の普及のため明治新政府によって設けられたこの神社は、富山市の中央通りのはずれに今も残っています。中教院の周辺には当時、芸場や興行所などが作られ、明治３７年頃から、夏には夜店が並ぶようになりました。そうやって中教院周辺はどんどん活気づいていったといいます。
そんな歴史を持ち、今ではシャッターが下りたままの商店跡が並ぶようになったこの場所で、かつての街の賑わいを取り戻そうと、ひとりのバーテンダーがバーを開きました。自分がこの街でオーナーとして店を持つことで、この土地に根付き、その灯りをともし続けたいと願うのは店主の稲垣隆志さんです。
カクテルと共に、ホテルクラスのホスピタリティと音楽やアートを融合させた非日常空間を提供している稲垣さん。その経歴は多彩で、東京で大工や飲食店勤務のほか、ＤＪやクラブイベントのオーガナイザーなど様々なことを経験し、富山にＵターン後は、ＡＮＡクラウンプラザホテルのバーテンダーに転身。カクテルメイクの高度な技術や知識はもちろん、ホテルでの接客・マナーも徹底的に学びました。独立した現在も、日本ホテルバーメンズ協会に特別会員として所属する富山でも指折りのバーテンダーです。
昭和のホテルの洋館をイメージした店内に足を踏み入れれば、乳白色のライトの灯りが暖かく空間を包みこんでいます。元々、古い下駄屋さんだった町家を改装したというお店には、どこか懐かしいレトロな香りが漂い、レコードプレーヤーから流れる心地よいＢＧＭと共に非日常の世界が広がります。
「カクテルはアート。遊び心がないと人を感動させるものは生まれない」と語る稲垣さんが作るカクテルは、繊細で独創的。スタンダードカクテルはもちろん、フルーツやハーブ、野菜など地元の旬の素材から、お茶やコーヒーなどを使ったカクテルなどそのラインアップも豊富。ノンアルコールカクテルや低アルコールカクテルも充実しているので、お酒が苦手という方も気軽に楽しめるのも魅力です。
ノンケミカルでなるべく自然由来の素材を使うという徹底ぶりで、低糖質など健康志向のニーズにも応えています。また、ジュースを絞った際に出る柑橘類の皮も、その皮から出るオイルを香りづけに使用したり、さとうきびから作られたストローを使用したりとフードロスやエコに対する取り組みも積極的に行っています。果物を漬け込んだ自家製のビネガードリンクやゆずの皮やスパイスで作る自家製シュラブもその取り組みのひとつ。カクテルを作る際に、ライムやレモンの代わりの酸味として使っています。
また、自分のことを職人気質だと語る稲垣さんのカクテルへの情熱は、氷にも込められています。「カクテルにとっての氷は、寿司に例えるとシャリと同じです。」と語る稲垣さん。二日以上時間をかけてじっくりと時間をかけて凍らせた「金澤氷室」を使用。丁寧に包丁で面を取りながらダイヤモンドカットにすることでより美味しく、より美しいカクテルになるそう。また、氷だけでなく炭酸水も厳選。大阪の酒蔵でお酒の仕込み水として使われている天然水を使った「能勢ミネラルソーダ」を使っています。
そんな細部まで丁寧に作られているカクテルと共に、多くの客がオーダーするのが、同店で大人気の「チーズ・テリーヌ・エミリア」です。皿盛りデザートを提供する「ｌｉａｉｓｏｎ（リエゾン）」のパティシエ監修のチーズケーキは、濃厚でクリーミーな味わいが特徴。黒胡椒が小気味よいアクセントとなり芳醇なチーズの香りが口いっぱいに広がります。仕上げに目の前でチーズを削りかける演出もこの一皿の大切な要素のひとつ。カクテルや料理だけでなく、所作や振る舞いも美しく「魅せる」バーテンダーの洗練されたパフォーマンスを間近で体感できるのもバーの醍醐味です。
富山と東京で２０年間飲食業に携わってきた身として、地元富山で「発信力のある飲食店を作りたい」と創業を決意した稲垣さんですが、バーだけにとどまらず、活躍の場を広げています。富山初のジンの製造に監修で関わったり、富山県が推進する「富山湾鮨」のイベントで寿司に合わせるお酒のペアリングを担当したりと、バーテンダーとしての知見を生かしてあらゆる角度から地域の活性化にも寄与しています。
日々の煩わしい物事から距離を置き、非日常へと誘う音楽と、お酒、そしてそこに流れる美しい時間こそがバーの真髄。「来た時よりも少しでも心豊かになってお帰りいただきたい」という店主の想いが溢れるサードプレイスで新しいナイト・ライフ・オプションを楽しんでみてはいかがでしょうか。
■行き方
住所：富山市堤町通り２丁目２番１８－１号
営業時間：１７:００～２４:００
定休日：月曜、第1・第3日曜
ホームページ： https://www.ina-bar.com/
※Facebook、Instagramあり
■アクセス
・地方鉄道市内線 西町駅下車 徒歩5分
・地鉄バス「中教院前」下車 徒歩１分