雪の大谷

世間では投打両面の大活躍を見せるメジャーリーガー「二刀流の大谷(翔平選手)」が話題を集めていますが、富山県でみられる絶景「雪の大谷」の注目度も高まっています。標高2450メートルの豪雪地帯、立山室堂エリアの道路を除雪した際に現れる巨大な雪壁が雪の大谷と呼ばれています。最も高い地点はなんと20メートルに迫り、4月中旬から6月中旬の2カ月間しか見られないまさに日本のレア絶景。季節外れの圧巻の雪景色は、訪れた人に幻想的で不思議な体験価値を与えます。

 

「©(公社)とやま観光推進機構」

 

 

■千変万化の表情みせる圧巻の雪の壁

 

富山と長野を結ぶ標高3000メートル級の北アルプスを貫く世界有数の雲上山岳観光ルート「立山黒部アルペンルート」。昭和46(1971)年の開通以来、毎年年間100万人以上が訪れます。約100キロメートルの観光ルートのほぼ中央に位置する立山室堂は、ルートの最高所で標高は2450メートルあり、そのターミナル駅は「星にいちばん近い駅」としても名が知られている名勝地です。

 

室堂近くにある「大谷」は吹き溜まりになっており、特に積雪が多い世界有数の豪雪地帯になっています。その付近を、ブルドーザーなどを使い、かんなで剥ぎ取るように雪を少しずつ掘り下げてできた道が雪の大谷となります。積雪が少なかった年でも、その道沿いの雪壁の高さは15メートルに達します。ちなみに、過去最高を記録したのは1981年で、23メートルにも及びました。その高さはなんと7階~8階建てのビルに相当します。

 

雪の壁の下部は、10トン近くの重さがかかり硬く押し込められた氷で形成されているので、除雪機で削っても中が崩れることはありません。

 

その削った雪壁に目をこらすと、地層のように堆積して生まれたラインがきれいに描かれていることに気づくでしょう。その積層には、ざらめ雪やしまり雪に交じり、茶系色のラインが何層か浮き出ます。実はこれ、中国大陸より舞ってきた黄砂が積み重なり形成された層なのです。こうした積層がみられることは、紛れもなく堆積によりつくられた雪壁であることの証明にもなっているのです。

 

迫り来る雪壁の迫力や道のカーブに沿って描かれる曲線美、青空とのコントラストが生み出す光景は、自然と人間が作り出す壮大なアートにも映ります。それを直に体感できるのは、わずか500メートルという区間ですが、訪れる時間帯や季節の違い、目線の変え方で見える景色は千変万化で、行きと帰りでいくつもの表情を楽しむことができるのも大きな魅力です。

 

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■歩いて堪能できる貴重な500メートル

 

雪の大谷は、「室堂ターミナル」から「弥陀ヶ原」方面へと続く立山高原バスが走る立山有料道路に出現します。立山駅側の美女平から室堂方面に登っていくと、徐々にバスが雪の壁に包まれていき、期待と不安が入り交じったような不思議な感覚に陥ります。

ちなみに、アルペンルートの中で、美女平から室堂平までの区間は車道になっていますが、マイカーは規制されており、運行する路線バスや観光バスでしか雪の大谷に行くことはできません。

 

また、現在は2車線の幅で除雪されていますが、除雪技術が発達する以前は、1車線分を除雪するのがやっとでした。しかし車道の幅が狭い分、雪の壁が眼前に迫りくる圧迫感がより際立ち、一層の迫力を感じることができたとのことです。

 

バスの車窓からしか堪能できなかった雪の大谷ですが、平成6(1994)年6月からは、室堂ターミナル駐車場のエントランスゾーンからおよそ500メートルの区間を往復35分ほどで歩くことができる「雪の大谷ウォーク」が始まりました。観光客から雪の大谷を間近で見たいという要望の声が多数寄せられ、当時の立山有料道路管理事務所所長が立山黒部貫光などの関係機関に熱心に働きかけて実現に至ったそうです。

 

当初は1車線幅の除雪であったことから、大谷ウォークは4月下旬の数日間、時間を限定して実施していました。平成12年度からは現在のように2車線除雪を行い、片側1車線を歩行者専用としました。これにより、自由な散策が可能となり、間近で雪壁の迫力を体感できるようになったのです。

 

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■気が遠くなる除雪作業

 

アルペンルートが開通しているのは11月末まで。冬の間は閉鎖され、一面雪に覆われた静寂な銀世界に包まれます。

 

ルート開通当初は雪が溶け始める6月から運行を開始していましたが、除雪精度の向上などにより、現在は4月中旬に開通しており、例年の除雪作業は1月下旬から始まります。

しかしながら、閉鎖されている間に積もり積もった雪を取り除くのは容易ではなく、気の遠くなるような除雪作業を繰り返さなければなりません。

 

その作業は、まず雪に埋もれたアスファルト道路の道筋を探すことから始まります。これまでは立山道路の多くの区間は、前年の秋に道路脇に立てた高さ10メートル近いポールとポールの間を、除雪作業員の長年の経験と技術を駆使して重機で掘り進めていました。しかし、高さ20メートルにも及ぶこの雪の大谷では、そのような目印は埋もれてしまい役に立たなくなります。

 

そんな作業を飛躍的に楽にしたのが、衛星利用測位システム(GPS)です。2000年以降、除雪車にGPSが搭載されると、ポールなしでも位置の把握が可能となり、センチ単位での正確に除雪が可能となりました。

 

とはいえ、雪に埋もれた道をブルドーザーで少しずつ掘り進んで、鉛直で美しい雪壁に仕上げるには相当な経験と技術を要します。並走する2台の息を合わせるとともに、道路の位置を周囲の形状を見ながら補正して掘り下げていく必要があり、熟練の技の見せどころでもあります。

 

作業工程は、1メートルぐらいを掘り進んだら、通常の除雪車の倍近い吹上能力を持つ専用のロータリー車「立山熊太郎」で、雪の壁を切り開いていきます。ちなみに、このロータリー車の名称は、立山開山へ導いたとされる、熊(阿弥陀如来の化身)にちなんで名づけられたとされ、最新の車両は5代目(ロゴになっているクマのキャラクターの指の数で何代目かを表しています。5代目は5本指で手を広げています)。

 

こうした特殊な除雪車両数十台が氷点下10度にも及ぶ雪原に道を切り開いていくという過酷な除雪作業は、1カ月以上にも渡って行われます。開通期間の早期化に伴って除雪費用は年々増加しており、1996年以降は1億円を超えるそうです。雪の大谷の美しい積層は、こうした作業員の努力の歴史も積み重なって描き出されるのです。

 

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■室堂周辺は魅力スポットが点在

 

室堂周辺は雪の大谷以外にもさまざまな魅力的なスポットが点在し、アルペンルートが開通している期間はさまざまなイベントも開催されます。

 

室堂ターミナル屋上と立山自然保護センターを結ぶ通路を除雪してできる雪壁の高さ8メートルの「小さい」雪の大谷や、氷のように固くなった雪の壁をスコップで掘り進み新しい道を作る体験もできます。

 

室堂平にある約1万年前にできた北アルプスで最も美しいとされる火山湖「みくりが池」は、春先は雪に覆われていますが、雪解けが進む6月頃からは湖面が姿を現し始めます。周囲約630メートルの紺碧の湖面に山が映し出される景色は美しく、浄土山を写し込んで大きなハートマークが浮かび上がるため〝映え〟スポットとしても話題となっています。

 

近くには日本一高所の天然温泉「みくりが池温泉」が湧いており、疲れた体を立山が彩る壮大な景色とかけ流しのお湯に包まれながら癒すこともできます。

 

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また、その湖畔に茂るハイマツは、特別天然記念物であり絶滅危惧種でもある「ライチョウ」の生息エリアになっています。出会える機会は少ないですが、5月下旬~6月下旬は、繁殖のために最も活発に動き回るため、発見できる可能性が高まります。

運よくその姿を目撃できたならば、ぜひ近くにある立山自然保護センターで目撃情報を報告しましょう。報告すると「ライチョウ観察記念のシール」をもらうことができます。