「富山市中心街のこれからと、“故郷のまち”で見たい風景とは」

蛯谷耕太郎さん EverT 代表取締役副社長

富山市の中心市街地、総曲輪(そうがわ)通り商店街に2020年7月にオープンした商業施設「SOGAWA BASE」。運営するベンチャー企業「EverT(エヴァート)」の蛯谷耕太郎さんにとってこの施設とエリアへの思い入れは強い。青春時代の思い出が詰まった総曲輪のまちを盛り上げることを目指して一念発起した経緯に迫った。

 

 

「まちなかに精神的豊かさを感じられるような場所を増やしたい」

 

Q エヴァートのお仕事について教えてください

「遊び心」を刺激したり、精神的に豊かさを感じる体験の場を作るというのが、まず第1の仕事としてありますね。総曲輪通りにある「ほとり座」というミニシアターは自社経営事業ですが、SOGAWA BASEに関してはビルオーナーからの委託で施設の企画・運営をするモデルです。会社としてはイベント制作業務も行っている他、今後は情報発信や映像制作分野の事業も手がけていくことを予定しています。場所を作る会社とは定義しておらず、仲間を増やしながら、自分たちのネットワークや知見を生かしてさまざまな仕事ができたら良いですね。ジャンルを越えて文化的に豊かな体験を富山に増やす会社になれたら。そのためにも自身のアンテナを信じて、面白がれることや好きなこと、体験したいというイメージを大切にした仕事をしたいです。

 

Q 元々、富山市中心エリアに思い入れがあったんですか?

富山市出身で中高生時代は総曲輪通り周辺でよく遊んでいました。街中で遊ぶのが好きだったんですね。当時は裏原カルチャー、ジャパニーズパンクやヒップホップが全国的にはやっていて、関連する店がいくつかあったこの商店街にC Dや服を買いに来ていました。

高校卒業後は横浜の大学に進学しましたが、将来的に富山には帰ろうと元々思っていました。理由のひとつは両親や祖父母も富山にいること。東京で働いていたら、富山には年2回帰るくらい。人それぞれですがそのくらいの頻度でしか家族に会わないのはなんだか自分の人生としては違うなと思って。あとは教育など県の税金で育ててもらった感覚や、地元意識、恩返ししたい気持ちみたいなものもありました。

新卒で富山にUターンするか悩みましたが、入りたい会社を見つけられなかったんです。それで10年後に独立することを目標に、東京のI Tコンサルティングの企業に入社しました。コンサルティング分野は人間が資本なので、何かしら鍛えられるだろうと思って。

 

「富山に帰ったとき、楽しい暮らしを作っていけるような人間になりたい」

 

Q その後、富山に戻るきっかけは何だったのですか?

2011年3月、25歳だった時東日本大震災が発生して、その2週間後に当時の同僚と被災地に行ったんです。そこで壊滅した街や瓦礫の山、亡くなった人たちと残された家族の姿も肉眼で見て、衝撃を受けました。命って自分のものではないなあという感覚になったんです。いつ死ぬか決められないから、もう少し踏み込んで富山に帰って何を仕事にしたいのか考えよう状態になった。

震災後、同世代が新しい生き方を次々とはじめていたことも後押ししました。スマホが出回り始めた頃で、ツイッターやフェイスブックがはやって、いろいろな人生がより手軽に見えるようになり、スマホアプリを作るようなベンチャー企業を起こす同世代も周りにたくさんいて。大企業を辞めて起業して、お金ないから3日間あめ玉だけ食べて生きてるって話を聞いたりとか、すごい覚悟感で生きてるなと感心しました。

一方で「じゃあ自分は何やるん?」と。富山に帰って独立して何の仕事をやるんだろう?と本気で悩んでしまったんです。結論として、富山で楽しい暮らしの場を作っていけるような人間になりたいなと。その目標に向けてホテルや商業施設など東京でさまざまな場づくりを手がけていたTHINK GREEN PRODUCE(現Greening)という会社に転職しました。そこで修行をつけてもらい、その後2016年に富山県美術館のオープンするプロジェクトをお手伝いする仕事をきっかけに一年間二拠点生活でフリーランスのように働いて、2018年にエヴァートを立ち上げてからは富山中心の生活を送っています。

 

 

Q そして、SOGAWA BASEの運営を手がけることになった

このプロジェクトの立ち上げに携わっていた先輩からの紹介がきっかけでした。私たちがプロジェクトに参加する前、この施設は100円ショップやドラッグストア、コンビニ、ロフトや無印良品などいわゆる大手テナントに出店してもらうプランでたくさんの会社に声をかけていたようです。しかし、うまくいかなかった。そこでビルオーナーが頼ったチーム内に東京時代に働いていた会社の先輩がおり、話を持ちかけてくれた流れです。

 

Q 大企業・大資本が来ると、蛯谷さんが求める街にはならない?

地域の経済循環という意味では、地元事業者が総曲輪にどんどん増えたら良いとは思います。とはいっても大手チェーン店が街にまったくない方がいいとは思っておらず、段階があると思っています。大手は通行量ありきで出店するか決めるケースが多く、総曲輪の現在地としては大手がこぞって出たい市場にはなっていない状態です。

なので地元でしっかり面白いことをやって、人が集まってきた上で、大手も魅力的と思えるようなエリアになり、なおかつ地元と大手が共存できる状態にできるか。以前は商店街にマクドナルドもありました。例えば中高生は、そういう選択肢も欲しいこともわかっているんです。けれども、今はまだマクドナルドは出店しないと思います。

 

Q SOGAWA BASEはどのようなコンセプトの施設か?

1階フロアは〝総曲輪食倉庫〟をメインテーマとしており、天井が高い空間を生かすことがお題としてありました。

このビルの上層階がマンションということもあり、近隣で暮らす方も街を訪問する人も楽しめるよう、生鮮品や食料品の専門店が半分、飲食店が半分と設定しました。これからの時代に富山で活躍が期待できる新感覚の店舗を集めることをイメージして、候補店舗のリストを作って交渉して入店してもらうという手法をとりました。

ちなみに、SOGAWA BASEというネーミングは、「BASE」という単語が土台や基礎、基地という意味があり、ここから富山のいろんな場所に遊びに行く拠点として、このエリアの日常になっていくようなイメージが由来です。

 

 

Q 地元の店舗がいくつも集まった施設を運営することにプレッシャーは感じなかったか?

もちろん感じました。自分が言い出しっぺで、パン屋さんは朝日町から店舗を移転してまで出店していただいています。それぞれのお店が長期にわたって相乗効果で売り上げを出せるような施設にする必要があります。一方で自分たちだけの努力ではどうにもならない部分もあるので、各店舗のオーナーたちとどのように一緒に進んでいけるのかということを考えていきたいです。店舗のスタッフも含めてそれぞれが責任感を持って取り組んでくれているので、自分たちとしてやれることを柔軟にやるしかないと思っています。

 

「コロナ過で〝場の力〟が弱くなった感覚もありました」

 

Q 運営してみて新しく見えてきた課題は?

計画時点では当然新型コロナの流行は予測していませんでした。感染が広がると出控えも多くなり、来客がガクンと減ってしまうという状況は全く想定できなかったです。

ただ新型コロナがきっかけで、単に場所に集って商売をするという考え方だけでなく、デリバリー販売やオンライン販売も含め、さまざまな活動を一緒にやるチーム作りが大切だという考え方にすこしずつ頭が切り替わっていきました。

まだまだうまく機能しないことも多いですが、〝人〟〝チーム〟の大切さにも気づけたところは良かった点だと思っています。出店している店舗たちと「SOGAWA BASE」というチームでサバイブできる関係性を作っていきたいですね。

〝共同体〟的に仕掛けることを考え始めて、以前にも増して〝場の力〟が弱くなったという感覚も得ました。ただ、それはコロナがなくなった社会でも課題として出てくると思っていて、インターネット消費が進む状況の中で「リアルで商売する価値って何だろう」ということがあり、そこはみんなで考える必要があると思うんですね。わざわざ場所に来て、時間を過ごしてもらうことの価値が、どういうことなのか。

 

Q 総曲輪のまちで、将来にわたってどのように活動する予定か?

まずはSOGAWA BASEの2・3階 、全てのフロアをオープンするのが直近の目標になります。中期的な目標としては、総曲輪や富山市中心エリアで稼働していない多くの空間を活用する取組にも挑戦したいです。お店を営業する人やお金ももっと必要になると思いますが、その両方を解決できる仕組みを作らなければいけない。

商店街の昔から商売をしている人々と若いプレイヤーがエリアぐるみで盛り上げていくこと、点ではなく面として情報発信に力を入れる必要もあります。課題は多くあると思いますが、一歩一歩解決していくしかないですね。

富山の中心エリアにフォーカスして仕事を続けて行った先に、さまざまな立場の人たちから「彼らと一緒に未来に続く富山のまちの形をつくっていこう」と思われるような会社になれるよう、成長したいですね。