出雲水機工業株式会社 代表取締役 中尾 光伸
強みは「水」に関するオンリーワン企業であるということ。
「特に浄水場に関する業務について言えば、当社が島根県内における98%のシェアを誇っています。」と出雲水機工業株式会社社長 中尾光伸氏。中尾社長は2024(令和5)年現在44歳。はつらつとした若きリーダーだ。
出雲水機工業株式会社は、主に「水」、その中でも「上水道」に特化した水処理技術のスペシャリストとして県内だけでなく近隣の鳥取県や広島県の各自治体や個人事業主から水質改善や維持管理、メンテナンスの相談や依頼を受けて、工務部6名が日々飛び回っている。
上水道は、人々の生活に欠かせないインフラだ。安全性と安定供給の確保、自然災害への対策、管理の効率化など、さまざまな課題に取り組んでいくことが求められる。言うまでもなく、上水道の水質改善や水処理システムには、高度な専門知識が必要とされる特殊な業務だ。
「基本的に事務担当者以外、社内は誰もいません。」と中尾社長。「工務部では、現場に出たら終日帰ってきませんから。1ヶ月不在になる長期の出張も珍しくありません。維持管理も受けているので長いスパンでの出張になることが多い。」特殊な仕事であるだけに、お客様の要望にフレキシブルな対応を求められることが多い。そのため、社員全員が一堂に会することは本当に少ないのだという。「問題が起こった時にすぐに駆けつけられること、これも私たちの強みのひとつです。」
各家庭のエンドユーザーと関わることは非常に少ない。出雲水機工業ではほとんどの場合、各自治体やコンサルタントからの依頼を受けて動くことの方が多い。個人事業主からの依頼としては、井戸を持っている人、養鶏場や養豚場、水をたくさん使用する工場の他、農業施設などの水質管理やメンテナンスを任されている。温泉施設では水質の評価を依頼されることもある。色、におい、濁りや有機物、無機物、微生物の検査など、特に温泉では、効能によっては除去できない成分もあり、なかなか難しいという。顧客のニーズや状況に応じて、柔軟に対応できるスキルが求められる仕事だ。
「やっぱり出雲が好きだから東京から帰ってきた」
ところで中尾社長は芸大卒業後、20〜30代はクリエイターとして働いていたという異色の経歴を持つ。中高生の時から映画が好きで、特に短編映画を好んでよく鑑賞していた。芸大に進学後は、短編映画製作にのめり込む。映画監督である錦織良成氏が主宰するしまね映画塾で、当時活動の拠点としていた東京と故郷島根を往復しながら、実践的なスキルを学んだ経験もある。
体力づくりのために始めたトレーニングが、後にはトライアスロンにも挑戦するほどになった。「映画製作の現場は、精神的、体力的にも非常にハード。重い照明や撮影機材を抱えて山登りをしなければならないこともありますし、体力や根気は必要な要素です。」
中尾社長はすべてのベクトルを映画製作に向け、情熱を傾けたという。撮影、編集、CG制作、そこから派生して携帯アプリ開発などにも携わり、技術を習得した。
だが、もともと東京が住みづらいと感じていたこともあって、結婚を機に故郷出雲へのUターンを決意する。「やっぱり出雲が好きなんです。」そう語る中尾社長の笑顔は優しく穏やかだ。
「祖父と父が頑張ってやってきたこの会社を引き継ぐという漠然とした意識は以前からありました。帰郷を決意した当時、それまで映画製作で培ってきた技術は、何か副業で役立てようという軽い気持ちでしたが、思いもよらず今ではその技術を社内のデジタル化に駆使しています。
デジタル化を進めることで、今までアナログで行っていた業務を自動化したり、情報の共有を効率化したりすることができるようになりました。業務の省力化や時間短縮、コスト削減などで、社員にとってのライフワークバランスの実現にも大いに貢献できている実感があります。」
社長に就任して1年半。事業継承を契機に会社の「磨き上げ」に向かって次々と新しいチャレンジをスタートさせている。
「効率的な組織体制を持つ会社」への変革に向けアクションを起こす
出雲水機工業は、「水」特に「上水道」に関しては他社にはない強みを持った会社だ。祖父と父が発展成長させてきた時代と現在とでは社会環境も大きく変わりつつあり、経営環境の変換期と感じている。
まずは効率的な組織体制を持った会社になるためのアクション、その第一段階の取り組みが業務のデジタル化推進だ。その取り組みに役立ったのが、今まで映画製作で培ってきたスキルだった。
中尾社長は、2011年入社後、まずは工務部での業務フローの理解を深め、現場経験を重ねた。工務部は総勢6名。その6名で県内だけでなく近隣の県も含む広域での業務に取り組んでいる。社員ひとりひとりが各エリアで担当者として現場と営業を兼務している。
「担当者が不在の時などは別のエリア担当者が対応に当たることも少なくありません。自分の担当外の現場に向かう時、特に山の中など不便な場所にある貯水場などはその場所がわからず、現場を特定し到着するまでの時間がかかることが多い。最初にその無駄を省きたいと考えました。」Googleマップにすべての場所を登録し、誰でもスムーズに対応できるよう改善した。
さらにVPN(Virtual Private Network)環境の構築により、社外からでも社内ネットワークにアクセスを可能にし、必要な情報を得ることができる体制を取り入れることで業務の効率化を図っている。
「続いて経理や社内システム、働き方改革の刷新にも取り組みました。折りしもコロナ禍で、打ち合わせなどができない難しい時期でしたが、隙間時間を有効に使うことで業務改革を進めることができました。」と中尾社長は大変だった当時を振り返る。
次にはグループウェアを導入し、社内で日報、発注書、有給管理、出張、旅費生産、稟議作成をオンラインで確認できるように進めた。チャットを取り入れ、情報共有などスピード感のあるコミュニケーションツールとして活用している。
「以前は出張から帰ったら山のように溜まっていた申請書類でしたが、ペーパーレス化を進めることで出張中でも管理でき、承認も忘れることがなくなりました。」そのためのスマホアプリは自分で作成。今までの知識や経験がここでも役立った。工務で現場作業もこなし、総務で経理にも携わっていたことで社内の業務内容をしっかりと把握し、課題点の洗い出しを適切に行うことができた。
「今までは会社用の携帯電話は、全てガラケーを使用していました。薬品(塩素)が手につくとスマホが反応しない、水に落とすなどのデメリットのことを考えると、スマホに替えることにだいぶ迷いましたが、業務に必要な機能を利用できるメリットの方が大きいと考え、まずはそこから始めよう、と。デジタル化については取り組みやすいところから実践し、少しずつ社員に浸透できるように進めています。」
業務効率化を進めていくことによって、業務時間の削減と残業時間の減少が見込める。働き方改革にもつながることから、ゆくゆくは週休二日制も取り入れたいと中尾社長は今後の展望を語る。
中長期的に社会のニーズの変化に合わせ対応できる企業を目指して
上水道を供給するために重要なインフラである水道管や水管橋、浄水場の老朽化の問題が、日本が抱える大きな課題の一つとなっていることに話が及んだ。
「老朽化による影響として、水質の悪化や水道水の安定供給ができなくなる危険性があります。これからは、老朽化した施設の更新や修理に速やかに対処していかなくてはならないと思っています。うちは特に「水」という特定の分野に特化した特殊な知識や技術、経験を必要とするため、新入社員は入社後、一人前になるまで時間がかかります。実践的なスキルを習得しながら、柔軟な対応力を養うことで、中長期的に社会のニーズの変化に合わせ、対応できる企業を目指したい。」
浄水場での業務の中には、ろ過機の中に砂や石が入っており、それを交換する作業もある。水を含んでいるので、30kg以上の重さになる場合もあり、なかなかの力仕事だ。また、場所によっては山の中の現場になる場合もあり、人力で作業をしなければならない場所もある。
「とにかく健康で一緒に仕事をしてもらえる人なら、それが一番うれしい」と中尾社長。最後に「パワースーツには興味がありますね」と笑った。
常務取締役 後藤 崇さん
社員それぞれが高い自立性を持って行動できる
入社は1998(平成10)年。東京からUターン、大手ゼネコンから出雲水機工業に転職して25年になる後藤常務は、今でも業務の8割を現場で活躍している。「自治体やコンサルタントからの依頼を受け、上水場の浄水施設の設計、提案、機械の工事、取り付けから試運転、メンテナンス、整備まで行います。官公庁の仕事が約8割を占めており、コンサルタントと一緒に官公庁に企画提案することも珍しくありません。」
もともとは塩素などの水に関わる薬品の取扱いから始まり、顧客は地下水をもっている豆腐屋や、かまぼこ屋が主だったと聞く。「常務になってから5年ですが、業務内容は工務部のみんなと同じです。エリアは、松江市、安来市、大田市そして出雲市の一部を担当しています。工務部は各々が自治体の担当を受け持っており、現場作業と営業両方をこなしています。社員それぞれが高い自立性を持って行動できる組織です。出張が多いため、全員が顔を合わせることは少ないですが、だからこそ風通しの良いフラットな社風で意思疎通のしやすい職場だと思っています。」
業務のデジタル化によって負担も減り、プライベートも豊かに
県内では「水」に関する他にない技術やサービスを提供しているだけに、どんなに仕事が忙しくたてこんでいても、絶対に断らないようにしていると後藤常務は話してくれた。
「とにかく、県内ではうちだけしかできない仕事ですので、お断りをした場合、お客様は大阪など遠方から新たに業者を探して来てもらわなくてはならなくなります。お客様にとって交通費や宿泊費などのコスト増、早期に対応できない、などお客様にとってのデメリットが多くなることを考慮すると安易に断ることはできません。責任を持って対応させていただいています。」
以前は、塩素などの薬品を納品後に設計などの業務に取り掛かることも多く、残業時間はかなり多かったという。「現在は、働き方改革によって残業時間は減ってきています。導入された業務効率化に役立つツールにも、少しずつ慣れてきました。担当者の負担も減り、時間の短縮にもつながっていることで、私たちにとって働きやすい職場環境になっています。おかげさまで、週末には好きなキャンプを楽しむことができています。」と後藤常務は嬉しそうな笑顔を浮かべてくれた。
工務部 勝部 優さん
初めての仕事も安心して勉強できる環境がある
「入社4年目の34歳ですが、私が一番年が若いです。」と工務部 勝部優さんは穏やかに笑う。以前勤めていた会社では薬品の配送などの仕事に携わっており、全くの畑違いの業種からの転身だ。
今では、安全・安心な水にするための薬品を注入する機械や残留塩素、濁度など水質を確認する機械の据付、管理、メンテナンス、保守点検、機械の劣化による交換など幅広い業務を任されている。
「このような薬品注入設備やろ過設備の機械を取り付ける仕事を請け負っている会社は、島根県内では他にありません。そこもやりがいのひとつです。必要とされれば、隠岐や広島、鳥取まで遠方まで出向きます。経験が必要な仕事内容ですので、ひとつひとつの仕事を積み重ねてさらに成長していければと思っています。」
職業訓練はOJTが主。実際に現場で仕事をしながら学ぶ。メーカーからも教えてもらっていたが、コロナ禍の間は行き来が制限されてしまったため、倉庫で保管されていた撤去後の機器を見本として使って勉強を続けた。
「まずは数多くある薬品の種類や機械の使い方を覚えるのが大変でした。先輩方は皆いい方ばかりで環境にも馴染みやすく、仕事の進め方や、わからないことに対する質問など、先輩社員とコミュニケーションを取りながら、学ぶことができました。」勉強しやすい環境にあって、安心して勉強することができたと勝部さん。
「私は、島根県西部が担当エリアです。島根県は東西に長い県なので、出雲からの移動には時間がかかります。公共事業は10月から発注されることが多く、年末にかけては土曜日仕事になることも多いのですが、他の会社では対応できない仕事を任されているわけですからやりがいはあります。」
さまざまな状況下で臨機応変に対応できるように
入社時は、コロナ禍が始まった当初で、一番きつかった時期に重なった。そのため、歓迎会などはなかったが、その分、仕事でしっかりコミュニケーションをとることができたと勝部さんは振り返る。
「自分が一番年が若いこともあって、先輩方には大変よく面倒を見ていただいていることにとても感謝しています。緊張感の伴う作業も多く、仕事に集中する時間とリフレッシュする時間をバランス良くとることで、メリハリのある仕事を心がけています。」
今はまだ機械器具設置の資格を持っている先輩社員と一緒に行動している勝部さんだが、今後は自治体担当者とやりとりをして一人ででも仕事を進められるようにもっと経験を重ねたいと抱負を語る。
「上水道の水は、ダム、井戸、川からとっています。各施設で特性や水質自体も違っており、塩素など薬品の注入方法などがそれぞれ違う。濁度、色度などで困っている自治体もあります。日々経験を積み、幅広い知識やスキルを身につけることで、さまざまな状況下で臨機応変に対応できるように頑張ります。」