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~あと一歩先へ~

合同会社フリハバ / システムエンジニア・プログラマー

インタビュー記事

更新日 : 2025年03月04日

 

 

 

合同会社フリハバ 事業概要

いろいろな「振り幅」で挑戦 厳美から新たな風を起こす

合同会社フリハバ

 

岩手、東北が誇る観光名所として知られる厳美渓。

その近くにある一関市立厳美幼稚園の跡地が、合同会社フリハバの社屋です。

会社の玄関を進み、右手に見えるのは会議室。

壁面にある黒板や、ガラス窓に描かれたイラストなど、どこか懐かしさが残ります。

フリハバは、同じく一関市厳美町にある星上通信株式会社の代表取締役・滝上賢彦さんが今から6年前に立ち上げた会社です。

作業部屋に場所を移し、まずは星上通信の事業について、滝上さんにお話を聞きました。

「星上通信は今年度で46期目となる会社です。事業としては、EMS事業と呼ばれる電子機器組み立ての分野がメインになります。例えば、エアコンをはじめとした一般的な家電製品の部品やサブユニットの組み立て、最近ではガスや電気の検診機器、いわゆるスマートメーターと呼ばれるインフラ系の設備や、5Gルーターの通信機器、業務用の携帯無線なども請け負っています」

 

「依頼があれば、その仕様や規格に合わせてお作りする」という滝上さんの言葉通り、多品種少量生産から量産品まで、ありとあらゆるお客様のニーズにお応えするのが星上通信のモットーであり社風です。

EMS事業では、鉄道関連設備や産業用設備、車載関連製品、アミューズメント機器などあらゆる製品の組み立てを得意とするほか、ワイヤーハーネス加工も担当。さらには労働者派遣事業、構内請負事業も手掛けており、幅広いジャンルで一関地域をはじめとするお客様の悩み事を解決してきました。

そんな星上通信が今から6年前、新たに立ち上げたのが合同会社フリハバです。

会社を設立したきっかけを、滝上さんはこのように話します。

「星上通信のメインはあくまで製造業ですが、利益さ出れば業種にこだわらなくてもいいというのが私の考えでもあります。業種にとらわれず、いろんな『振り幅』で考えられる会社にしたい、そんな思いから社名をフリハバにしました。とにかく何でも思い付いたことがあれば、ここでやってみよう、挑戦してみようという会社が一つ欲しかった。それがフリハバを立ち上げた理由です」

滝上さんの祖父が創業した星上通信。3代目として会社を継承した滝上さんですが、代表就任とほぼ時期を同じくして設立したのが、このフリハバでした。

 

「私のように先代から事業を引き継いだ若手の経営者は、その時点で『自分は決められた人生のレールに乗っかってしまっている』という考えに陥りがちです。でも、実はそうじゃない。自由がないというのは大きな間違いで、自分が社長になるということは、裏を返せば自分がやりたいことやれるということでもあります。もともと経営基盤は先代がつくってくれているので融資だって受けやすいし、全くのゼロの状態から事業を立ち上げるほうが大変。だからこそ、こういった会社を作ってみたかったというのもあります」

星上通信を「基盤」の会社とするなら、フリハバは「チャレンジ」の会社。

そのため滝上さんは「もともとは正直な話、観光業からスタートするのもいいのかなとも思っていました」と設立当時のエピソードを語ります。

 

現在、フリハバの主事業となっているのがITエンジニア業。従業員3人のうち、常駐スタッフとして働くのが、地元の一関市厳美町出身の佐藤英さんです。

もともとパソコンや電子機器を扱うのが好きだったという佐藤さん。

高校卒業後はプログラミングを本格的に学ぶべく、岩手県立大学のソフトウェア学部に進みます。

 

しかしながら、「勉強しているより仕事している方がお金も直接入ってくるので、バイトに時間を使ってしまって……」と当時を回想するように、しだいにプログラミングからも興味が遠のいてしまいました。

卒業後はオフィス機器販売会社の営業職に就職するも、課せられるノルマに追われる毎日。「IT関連の機器を扱っていたこともあって、『隣の芝生は青い』じゃないですけど、開発部門の人たちが楽しそうに見えてしまいました」とわずか2年半で退職を選択することになります。

そんな路頭に迷う中で、声を掛けてくれたのが滝上さんでした。

実は佐藤さんにとって滝上さんは、妹の同級生の親御さんということもあり、旧知の間柄。

滝上さんは、幼い頃から人柄をよく知る佐藤さんに声を掛けた経緯をこう振り返ります。

 

「昔から仕事でお付き合いのある人が、『こういう仕事があるんだけど、どうだろうか』と持ち掛けてくれたのがITエンジニアの仕事でした。いい話だけど、うちの会社にはそのスキルを持った人がいないからどうしようかと思っていたら、ふと、彼(佐藤さん)が頭に浮かんだんです。あれ、たしか今は実家にいるぞと。もともと大学でそういう勉強をしてきたのも知っていたので、だったら業務としてやってもらおうということになりました」

そして2024年4月に佐藤さんがフリハバ入社。

飲食店での店員用注文端末として使用されるスマートフォンアプリの開発と保守、さらには焼肉店や回転寿司店の卓上に置いてあるタブレット型のハンディ端末の開発と保守などをこれまで業務として担当してきました。

 

フリハバの社員となってから年月が経ち、仕事について語るその顔は充実感にあふれています。

「パズルの導き方がたくさんあるように、プログラミングにもいろんなやり方があります。その中で、いかに軽く、いかに素早く、いかに正しくプログラムをつくることができるのかを自分なりに考え、それを突き詰めながら最後に実装できた時が、面白さを感じる部分です。遊びながら、というのは語弊がありますが、それぐらい楽しんで仕事ができています」

フリハバでは柔軟な働き方を実現すべく、フレックスタイム制の勤務時間を導入。

佐藤さんはプログラミングの仕事以外にも、もともと趣味で始めていた動画編集の仕事をフリーランスとして請け負っています。

「YouTuberの方から速報系の動画制作を依頼されることが多いのですが、すぐにアップしないと再生数が全然回らなくなってしまうため、先方から『数時間以内に納品してほしい』というタイトな依頼が来ることが多いです。そうした中で、そもそも副業を許してくださるだけでもありがたいのに、働き方にも融通を利かせてくださることは本当に感謝しています。滝上さんは私の仕事を応援してくださって、直接声を掛けていただくことも多いので、私も心置きなく仕事ができています」

 

今は副業としている動画編集の案件も、ゆくゆくは本業につなげていきたいと話す佐藤さん。

最近はSNSやYouTube等で情報発信をしている自治体も多いことから、地域のプロモーションやマーケティングにも貢献していきたいと夢を膨らませます。

「前の会社を辞めたばかりの頃を考えると、自分が今、地元の厳美で、プログラミングや動画編集を仕事としてできているのは、夢のような話です。自分は厳美が大好きなので、広告やマーケティングと言った部分で、自分の街を広く知ってもらいたいという思いもあります。そういう形で地元に貢献したいですし、このフリハバが地元でも名のある会社として成長していけるようにしたい。それが拾っていただいた恩返しにもなるのかなと思っています」

一昔前であれば、エンジニアやクリエイティブの仕事はどうしても都心部でしかできないイメージがありましたが、ネットワークが発達した今では、遠く離れた岩手の地でも仕事ができる時代になりました。

さらに地方創生が叫ばれる昨今とあって、今後はますますニーズが高まってくることでしょう。

 

滝上さんは、今後の求める人材について、次のように話します。

「実務経験がなくても仕事ができることは、彼(佐藤さん)が実証してくれました。もちろん、プログラミングに精通した大学や専門学校を卒業していればうれしいですが、例えば趣味でプログラミングをかじっていて、自分がやってきたことを社会で生かしてみたい、といった気持ちを持った人でもOKです。たとえば今の時代、趣味でやっていた若い子の方が経験者よりもスキルが高い場合もありますので、うちとしても全然ウェルカムですよ」

以前、東京でIT関連の仕事をしていた人から話を聞く機会があったという滝上さん。

都心部は案件もたくさんあり、給料も高いというメリットがある一方で、皆が大量に仕事を抱えているため、教える人、面倒を見てくれる人が少ないというデメリットもあるとのこと。

その面、フリハバでは現在、従業員1人を東京の企業に修行として出向させたり、提携する盛岡の企業から定期的にアドバイスをもらったりと、従業員のスキルアップに向けたサポート体制も強化しています。

 

滝上さんは「都会で疲れた人なんかが、Uターン、Iターンでうちの会社に来てくれれば、はまるかもしれませんね」と四季折々の自然の中で一緒に働く仲間たちを心待ちにしています。

創業から6年。ますます発展が期待されるフリハバですが、地方の会社である以上、滝上さんが重要視するのが会社の「規模感」です。

皆がストレスを抱えることなく、生き生きとした表情で働けることを大切にしており、人数を増やして会社を拡大していくことよりも、たとえ少ない人数でもおのおのが利益を生み出せる会社を目標としています。

 

「私が仕事をする上で、一番嫌いなのが『無関心』です。なので、これは星上通信にも当てはまることですが、従業員には『こういうことをしたい』『こうしてみたほうがいい』と意見をどんどん言ってほしいし、それを言い合える環境のほうが私としてもすごくうれしい。本気だから言い合いになるのであって、そこで私がいいと判断したものが仮に失敗したとしても、それは私の責任なので、従業員のことを責めることはありません。みんながやりたいことをやって頑張れる。いろんなことに挑戦できる会社であり続けたいです」

 

一関市厳美町を拠点に、あらゆる可能性を探っていく。

これからもいろいろな「振り幅」で事業に挑戦し、新たな風を巻き起こしていきます。

 

 

(取材:郷内和軌)