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一関から全国へ事業展開する総合広告代理店

合同会社藤 / 広告営業

インタビュー記事

更新日 : 2023年06月19日

一関市の中心部から平泉へと延びる国道4号線。

その道路沿いにある小高い丘を登った先に、合同会社藤(ふじ)はあります。

合同会社藤 事業概要

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自分たちで古い民家をリフォームしたという社屋は、築年数を感じさせない面持ちです。

 

 

合同会社藤が取り扱う仕事は、広告業、飲食業、建築業など様々。

一関を拠点としながら、マーケットは東北、そして全国にまで及びます。

 

「仕事中は楽しくて、まさにディズニーランドみたいな感覚なんですよね」

取材の席に着くなりそう言って笑顔を見せたのは、代表の伊藤一樹さん。

 

伊藤さんは宮城県仙台市出身。

なんと10代で携帯電話の販売代理店を営んでいたそうです。

その後、事業を拡大するための次なる一手としてフードビジネスを展開。居酒屋の経営を始めると、それから次々と店舗を出店し、関西圏までエリアを伸ばしていきます。

さらには、店舗の広告を自分たちで作るためにデザイナーを雇い、広告代理店業をはじめたり、店舗が急に壊れたときに迅速な修理を行うために大工を雇い、建設業をはじめたり、事業の幅を広げていった伊藤さん。

しかし、様々な事情が重なり、一度会社をたたむ決断を強いられます。

「無一文になって、一度実家に帰ったんです。負けた人間って、だいたい実家に戻りますよね。それからいろいろと自分なりに考えて『もう一度頑張ろう!』と思い、なけなしのお金をかき集めて、2015年に作ったのが合同会社藤でした」

 

伊藤さんが起業の場所に選んだのが、ゆかりもない岩手県最南端の一関市。

これには商売人らしい伊藤さんの緻密な戦略とアイディアが詰まっています。

「たとえば交通の便で言えば、仙台から他の東北の都市に行こうとすると、高速に乗るまでにびっくりするくらい混むんですよ。その点、一関だったら、すぐに高速道路に乗ってスムーズに移動できるし、新幹線を使えば東京まで2時間で行けてしまう。土地の値段を含め、東北エリアの中でいちばん動きやすいのはここだと思い、一関を選んだんです」

ただ、会社を立ち上げたばかりの頃は、お金も実績もありません。

銀行からの融資を受けようと思っても、なかなかうまくはいきませんでした。

まずは会社としての実績をつくりたい。そこではじまったのが経験があった広告業です。

市内を自転車で営業に回り、企業からの広告集めに奔走。そうして作られたのが、地域密着型のフリーペーパー「FREE LINE」でした。

 

会社設立から半年後の2015年7月に創刊すると、その後は地道な営業によって掲載企業が年々増加。現在は一関・奥州版のほか、北上・花巻版、宮城版を展開するなど、会社の看板事業にもなっています。

そして、広告業で蓄えた資金を元手に、経験のある飲食業、建築業と展開していった伊藤さん。

中でも2022年から営業を開始した「24時間無人ホルモン直売所」は、直営店とフランチャイズ店を含め、今では全国でおよそ103店舗を展開。(※2022年11月末時点)

会社の売り上げは右肩上がりに成長を続けています。

 

創業から7年、伊藤さんが大事にしているのは「藤ファースト」の精神。

「たとえば問題が発生したとき、代表の僕の意見が正しい、正しくないかで決めるのではなく、この会社としてどの選択が正しいか、ということを考えるようにしています」

「あくまでも利己的にならず、全てをフラットにして考える。代表という立場ではありますが、社員含め皆が平等という意識を心掛けています」

ちなみに「藤」という社名は、伊藤さんの家紋が藤の花であることに由来しています。

藤の花言葉には「優しさ」「忠実」といった意味があり、お客様に寄り添う仕事をしようという意味が込められているそうです。

 

そのために、会社として一番大切にしているのは「スピード感」だといいます。

「お客様から受注をもらってから納品するまで、いろいろな流れがあります。その中で、判断をいちいち上司に確認したりすると、お客様を待たせてしまい、迷惑が掛かってしまうんです。だから、基本的には自分で判断して、自分で完結させる。誰かに聞かないと分からない、ということはないようにしています」

 

現在、入社6年目の高橋真紀さん。

自身もフリーラインの営業に携わりながら、マネージャーとしてスタッフの売上状況の確認、フォローなどを行っています。

以前は盛岡に住んでいた高橋さん。当時の会社でも広告営業を担当していたといいます。

 

「広告営業はアポ取りから始まり、そこから打ち合わせ、制作という流れになりますが、それらのお客様との一連のやり取りがとても楽しかったんです。ただ、家庭の事情で引っ越すことになり、退職せざるを得なくなってしまいました。似たような仕事をしたいなと思っていたとき、弊社の求人を見つけて、応募しました」

広告営業の仕事に就いて10年以上が経ちますが、高橋さんは働く上での楽しさをこのように語ります。

「はじめた当初は営業した分だけ数字になるので、それが楽しかったんです。でも、段々と人に物を売るということだけでなく、お客様と一緒になって企業の未来を見据えていく必要があると感じるようになりました」

「その仕事がとても面白くて、今では自分の培った経験から求人や広告以外の観点からもお客様にアドバイスをさせていただいております」

高橋さんはそうした幅広い視点で相談に乗っており、お客様から「助かりました」と言ってもらえる機会も多いとのこと。その感謝の言葉は、何より仕事の活力になっているといいます。

 

また、広告部門の課長でもある高橋さん。後輩社員の指導や育成も、仕事の一つです。

「私たちが扱う広告のお客様の業種は様々です。なので、その悩みを聞くには、各業種の方々の生の声を聞いて覚えるしかありません。いかに沢山の会社に顔を出して、知識を蓄えることができるか。それが入社してすぐの仕事になります。最初にたくさんのお客様とのつながりを持てれば、1年後、2年後と仕事の幅も増えていくはずです」

ちなみに高橋さんも、入社してすぐの頃は1カ月に200件の企業を営業で回っていたとのこと。

毎日の地道な努力が成果となって表れると、やはりやりがいも増してくるそうです。

「お客様から『高橋さんじゃなかったらお付き合いしていませんでした』と言われると、ちょっとした満足感が味わえます(笑)。広告を出した企業さんから『フリーラインを見てお客様が来てくれたよ』といったうれしい反響が届くこともあり、そのたびに、頑張った甲斐があったな、と強く感じますね」

 

そんな伊藤さんや高橋さんの背中を見ながら、現在、ハツラツと仕事に取り組むのが、2022年に入社した南文雪さんです。

 

 

「たまたまフリーラインが家にあって、弊社の求人を見つけました。面接を受けに行ったら、伊藤さんのこの辺りではなかなか見ないようなベンチャー的な考えや、前向きな姿にびっくりして。一緒に仕事ができたらいいなと思いました」

現在は主にフリーラインの広告営業を担当する南さん。

藤の社員として、充実した日々を過ごしています。

「この会社はとても自由なんですよ。自分で時間を調整できますし、何かを強制されることもありません。ただしその分、責任感がないとできない仕事でもあると思っています。お客様との窓口も自分1人しかいません。常に会社の顔として対応しなければいけないので、気を引き締めて仕事にあたっています」

 

藤では、基本的に社員へのノルマを設けていません。

その代わり、それぞれに自分自身で目標を決めさせることで、社員たちの意欲を引き出しています。その目標設定にあたっては、自分の給与が一つの目安になるとのこと。

入社したばかりの南さんも、初めて目標を達成したときは涙を流して喜んだそうです。

「自分で立てた目標を守れなければ、それは自分に対してうそをつくことになってしまいます。守れない言い訳は絶対にしたくないですし、自分が立てた目標を上回れたときは、一番のやりがいを感じます」

 

それぞれが責任ある仕事を積み重ね、成長を続ける藤。

ただ、代表の伊藤さんは会社の今後について「まだ先のことは分かりません」と話します。

「ディズニーランド行ったら、ダンボに乗る前から、ビッグサンダーマウンテンのことを考えたりするじゃないですか?それと全く一緒なんです。『次はどんなアトラクションに乗ろうかな』と先々を考えることが、僕にとってはめちゃめちゃ楽しい。次も楽しい方へ進んでいくんだと思います」

 

「例えば、今はホルモンの無人直売所を全国展開していますが、そこから何か生まれることだってあるはず。たとえば、直売所の店舗を使って日本各地で『一関物産展』を開いたり、九州でお付き合いのある方と協力して一関で『九州物産展』を開いたりできるかもしれない。時代の最先端を取り入れながら、面白おかしく、いろいろなことができればいいですね」

そんな伊藤さんが藤に求める人材は、「ゼロ」を「イチ」にする力を持つ人。

藤は2015年の設立以降、何もないゼロの状態から次々とアイディアを生み出し、事業規模を拡大させていきました。流れに従うのではなく、新たなムーブメントを巻き起こす気を持つ人が、この会社には必要だと伊藤さんは強調します。

それぞれが責任を持ち、スピード感ある仕事を続ける藤。

これからも歩みを止めることなく、岩手、東北、そして全国にさまざまなチャレンジを仕掛けていきます。