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壮大な自然の中に流れる癒しの時間 世界に誇る岩手の名勝地

有限会社げいび観光センター / げいび観光センター【船頭】

インタビュー記事

更新日 : 2024年11月07日

透き通った水面の上をゆったりと流れる小さな舟。一関市東山町にある猊鼻渓の壮大な自然は、人々に安らぎと感動を与えてくれます。新型コロナウイルスの感染拡大により観光業界は苦しい日々は続きますが、足を運んでくれたお客さまに対する感謝の思いはいつまでも変わりません。この絶景を楽しんでもらいたい――。げいび観光センターで働く皆さんは、そんなおもてなしの心にあふれる人たちばかりでした。

有限会社げいび観光センター 事業概要

1970年設立。日本百景の一つとして知られる猊鼻渓にて、舟下りの運航や、景観維持、観光業務にあたる。コロナ禍前の2019年には年間18万人が来場。そのうち外国人観光客は3割に及ぶなど、インバウンド事業にも力を入れる。また、同社が属する「げいび観光グループ」では、猊鼻渓に隣接する「げいびレストハウス」「ひがしやま観光ホテル」などの運営も行う。

無名観光地から多様な取り組みで世界の観光地へ

北上川支流の砂鉄川が石灰岩を侵食してできた岸壁が、2kmにわたって両岸にそびえたつ渓谷。
岸壁の高さは100mにも及び、その壮大な景色は日本百景にも選ばれる名所となっています。

この猊鼻渓において、観光業務の全般を担っているのが、有限会社げいび観光センター。
会社が設立されたのは、さかのぼること今から半世紀以上前の1970年。
それまでは、地元の旅館が宿泊業のサービスの一環として観光の案内をしていましたが、観光客の誘致に本腰を入れようと、地元住民を中心に立ち上げられました。

現在、社長を務める菅原喜哉さんは、1987年に入社した、げいび観光センターの大ベテラン。
今でこそ、有名となった猊鼻渓ですが、当初は無名の観光地。それを観光地として押し上げるのにはかなりの苦労があったと振り返ります。

「入社した初めの頃は、営業のほうを担当させてもらったのですが、今から30年以上前は、同じ一関市内にある観光地の厳美渓のほうが、圧倒的に知名度があったんですよ。だから、お客さまに『猊鼻渓』と言っても、どうも皆さんピンとこないみたいで困っていました。似たような名前とあって、いつも『猊鼻渓』と『厳美渓』の違いから説明するところから話を始めていたのを覚えています(笑)」

それから全国の旅行会社などに足しげく通い、何度も猊鼻渓をPRし、売り出してきたという菅原さん。
そうした営業スタッフをはじめとする企業努力により、徐々に猊鼻渓の名は全国へと知れ渡り、観光客もしだいに増加。
1994年のピーク時には、年間40万人が来場するなど、押しも押されもせぬ人気スポットへと成長しました。

近年は県内外の旅館・ホテルと提携し、インバウンド事業も展開。
年間来場者のうち外国人の割合はおよそ3割にも及ぶと言い、案内看板やパンフレットには各国の言語がずらりと並びます。

また、名物の舟下りの他にも、春には夜桜のライトアップを行ったり、秋には月夜の舟上でアーティストの生演奏を楽しむ「十六夜コンサート」を行ったりと、さまざまなイベントを開催。
冬場の舟下りでは「こたつ舟」の運航をするなど、たくさんの工夫をこらしながら、これまで多くの観光客を楽しませてきました。

 

雄大な自然のなかで毎日を過ごす

迫力ある岸壁がそびえたつ約2kmの渓谷を、全国でも珍しい手漕ぎ舟でゆっくりと往復する舟下り。
運行時間はおよそ90分で、壮大な景色とともに、非日常的な空間を味わうことができます。

舟のかじ取り役を担うのが「船頭」と呼ばれる職人たち。
1本の竿で舟を操り、お客さまを雄大な自然の中へと案内します。

4年前から船頭を務める加藤秀貴さんは、現在41歳。
それまでは製造業で働いていましたが、すでに船頭として働いていた知り合いから誘いを受け、心機一転、この世界に飛び込みました。

「こういった自然の中で働くことが今までの人生でありませんでした。悩みなんかを忘れさせてくれる、そんな豊かな自然にいつも癒され、以前の仕事よりもリラックスして働けています」

全員が最初は未経験。船頭になるには、まず初めに3カ月間、研修期間が設けられています。
「最初は不安だらけだった」という加藤さんですが、舟の漕ぎ方から停め方まで、先輩たちから手取り足取り教わり、独り立ちするための訓練を積んできました。

「まずは安全第一。お客様を安全に送り届けるのが、船頭の仕事です。今はだいぶ慣れては来ましたが、舟を漕ぐときはいつでも緊張感を持つようにしています」

今ではすっかり船頭の仕事も板についてきた加藤さん。
多いときでは、1日で舟を5往復するときもあるとのこと。
体力的にも大変ですが、乗客の笑顔が何よりも仕事の活力になっているといいます。

また、猊鼻渓の舟下りでは、帰りの道中に船頭が歌う「げいび追分」も名物の一つ。
明治時代から代々歌い継がれる民謡で、乗客たちをさらなる癒しへと導きます。

「研修のときに民謡の先生から教わったのですが、もともと歌が得意なほうではないので覚えるのが大変でした。でも、帰り道に歌を歌うと、みなさん喜んでくれるんですよ。特に外国人の方々なんかはすごい盛り上がってくれて、他にも歌をリクエストしてくることもあります。以前は千昌夫の『北国の春』なんかを歌ったこともありましたね(笑)」

乗客をどれだけ楽しませるかが、船頭としての腕の見せどころ。
加藤さんはこれからの目標として、話術にもっと磨きをかけていきたいと話します。

「船頭になりたての頃はしゃべるのが苦手で、半分ぐらい黙ったまま舟を漕いでいて怒られたこともありました(笑)。先輩たちはそれぞれ鉄板ネタを持っていて、いつも乗客を楽しませています。私もそうした姿を見習って、ときに話術も盗みながら、もっと乗客の皆さんを笑顔にしたいですね」

また、先輩船頭さんたちが社内の会話でもユーモア溢れるトークをするので、普段から和気あいあいとした雰囲気で働いているようです。

 

時とともに移り変わる景色が何よりの魅力

この春まで、およそ20年もの間、女性船頭として舟を漕ぎ続けてきた千葉美幸さん。
現在は窓口業務に移り、乗船券の販売や、電話応対、旅行バスの添乗員とのやり取りなど、裏方の仕事に汗を流しています。

「お客さまの命を1時間半、舟の上でお預かりするのが船頭の務めです。責任重大な仕事でしたので、そこから離れたことで、ちょっとは肩の荷が下りたかなという気はします」

そう言って、口元を緩ませた千葉さん。
今の仕事についても「これまでとは違い、船に乗る前のお客さまの高揚感、ワクワク感を感じ取れるので、とても楽しいです」とやりがいを感じているようです。

受付の窓口業務では、お客さまから質問を受けることもしばしば。
「近くに美味しいご飯が食べられるお店はありますか?」といったことも聞かれるそうで、そうした声にできる限り素早く対応することが、これからの課題だと話します。

「これまで船頭で忙しくしていたので、あまり近くのお店のことは知らなくて……。なので、いつもお客さんに聞かれると、他のスタッフを呼んで、助けてもらったりしています。最近は娘が車でいろいろな場所に連れて行ってくれるので、美味しいお店がどこにあるか自分なりにリサーチして、たくさんの情報をご案内できるように頑張りたいです」

ちなみに、20年間船頭をしていたとあって、猊鼻渓のことは何でも知り尽くす千葉さん。
そんな千葉さんは、舟下りの魅力について「時期や時間帯によって、さまざまな景色を楽しめること」と話します。

「いろいろな楽しみ方ができるのが、舟下りの面白さの一つ。たとえば、いつも川面には魚やカモが泳いでいますが、カワセミが飛んでいるときだってあるし、タイミングが良ければカモシカだって見られます。それに、空の雲の流れや、光の差し込み方など、同じように見えても、時期やタイミングによって違ったりする。柔らかい風が吹くときもあれば、差すような冷たい風が吹くときもあり、季節を肌で感じられるのも楽しいですね」

また、日本独特の四季を味わえるのも、舟下りの隠された魅力だと話す千葉さん。
その中でも、千葉さんが特にオススメするのが、新緑のシーズン。
春先になると、山々の至るところに新芽が出始めますが、萌黄色に色づいた葉っぱは「春紅葉」とも呼ばれ、遠目から見ると花が咲いているような鮮やかさを見せます。

「季節が違えば、二度目も、三度目も、新鮮な気持ちで舟下りを楽しむことができます。一度足を運んでくださった方でも、また訪れてもらえるとうれしいですね」

千葉さんは穏やかな笑みを浮かべながら、そう観光客に呼び掛けます。

 

新規事業もスタート 地域とともに逆境を乗り越える

会社設立から半世紀、地域を代表する観光名所として順調に歩みを進めてきましたが、2020年に入り状況は一変。
新型コロナウイルスの猛威が世界中を覆い、とりわけ観光業界は大きな打撃を受けることとなりました。

この猊鼻渓も例外ではなく、19年の来場者数が18万人だったのに対し、20年はその半分にも満たない7万人と大幅に減少。
この1年半、厳しい経営状況を強いられているのは、言うまでもありません。

そんな中、げいび観光センターでは、この2022年から新たにカフェ事業をスタートさせました。
一関の名物の餅を使ったスイーツを、船下りの船をモチーフにした容器に乗せて観光客の方に提供し、話題になっています。

 

また、隣接する「げいびレストハウス」では、法事・法要関連での御膳の配達も手掛けており、今後はそれに特化したサービスも展開予定とのこと。

まだまだ模索中ではありますが、菅原さんは今後、企業の垣根を越えてこうした取り組みを増やすことで、地域に少しでも活気を取り戻すことができればと思いを込めます。

「もちろんこの1年半におけるダメージが大きいのは間違いありません。その中で、われわれだけの力でできることも限界があると思っています。なので、自社だけでなく、地域の企業も巻き込みながら、新たな事業に取り組んできたい。どうしても自社内だけだと、アイディアも凝り固まってしまいますので。また多くの観光客に楽しんでいただけるよう、やる気にあふれる方々と一緒に観光地づくりをしていきたいですね」

長きにわたり、一関、そして岩手の観光業をけん引してきた、げいび観光センター。

再び多くの観光客でにぎわいを見せる日を待ちわびながら、職員の皆さんは今日も目の前の仕事に全力で取り組んでいきます。

 

 

(取材:郷内和軌)
※撮影時はマスクを外していただきました。