つながりが呼ぶ、幸せの味
夢楽のパン工房Yadorigi 佐藤幸治さんつながりが呼ぶ、幸せの味
夢楽のパン工房Yadorigi 佐藤幸治さんメジャーリーグで大活躍中の大谷翔平選手が生まれた奥州市。
水沢高校近く、子供たちの元気な声が聞こえてくる。
大きな黄緑色のバナー看板には、可愛らしい男の子が2人、デザインされている。
そんな暖かな雰囲気が感じられるお店の名前は、「夢楽のパン工房Yadorigi」
Yadorigiは、岩手県産の小麦、卵、蜂蜜、南部鉄器など地元資源を使用したパン屋さんだ。
以前まで同じ場所にあった「やどり木」というパン屋さんの名前を引き継いだ。
「夢楽」という漢字はムラと読み、店主の佐藤幸治さんの母親が営む「夢楽の味房(あじぼう)」という団子屋の店名から取っている。
佐藤さんは、奥州市江刺の生まれ。大学進学のために愛知県で4年間過ごし、大学卒業後にパンメーカーに入り、そこから地元である奥州市にUターンした。
きっかけとなったのは奥州市の地域おこし協力隊だった。3年間、奥州市の地域おこし協力隊を務め、地域を知り、たまたま知り合った方のお店を引き継ぐような形になった。
お店を始めた経緯を聞くと、優しい表情で答えてくれた。
「社会人時代に震災があって、いつか戻ってきて地域のために働きたいなあと思っていました。戻ってくるチャンスとしてちょうど協力隊っていう制度があったんです」
「協力隊時代に知り合った方にも協力してもらいまして、岩谷堂箪笥さんのご協力や地域のいろんな資源を活用しています。前のやどり木は青沼さんという女性が1人で地元の粉を使ったお店を切り盛りしていました」
佐藤さんがその店舗を活用したことで、お客さんから女性らしい柔らかな感じの店内の雰囲気がいいと言われるそう。
実はYadorigiはパン以外も販売している。
「6次産業に取り組んでいる方を応援したいと思って、パンだけでなく物販も行っています。日持ちする常温の加工品で置けるものであれば、店で取り扱って、その代わりに売り上げの一部を頂いています」
「農家さんはなかなか自分で値段を決めるってことがないと聞いていました。なので、いくらで売ってほしいかとか、いくらなら購入していただけるかを考えて自分で値付けをして欲しいなぁと思っています」
店内には絵や写真の展示コーナーが設けられている。
取材時には鮮やかな夏野菜や果物の絵が展示されていた。どれも涼しげでとても美しい。
「白くていい壁なんだけど、ガランとしてて。基本的にうちにはパンしかないし、もったいないなっていうのがありました。母の知り合いの方が絵を飾ってくださったのがきっかけで、展示コーナーを始めたんです」
それ以降、水沢農業高校の美術部の方に写真とか絵を飾ったり、地域の人たちの作品を1カ月交代で展示販売を行ったりしている。
「今度お願いしたいのは魚類の剥製を作ってる方とか、水中カメラマン。でも、意外ともう来年の1月くらいまで埋まってしまったりで頼めないんですよね(笑)」
店内に入り、周りを見渡すだけでも佐藤さんのこだわりや、地域の温かさが感じられる。
岩手県産の小麦、地元の同級生の実家で取れた卵。県知事賞を受賞した地元の蜂蜜。どれも地域のものだ。
もっちり食感を生み出すための湯種の水には、地元の南部鉄器を使って一度沸かしたものを使っているそう。
「協力隊で回っていて奥州が鉄器の町だと知って。食材に鉄を含ませると、水がまろやかになること。他には野菜の成長がいいとか、病気にかかりづらいって言われてるっていうのを、地域の農家さんから教えてもらって。そういうのも凄い勉強になったし、鉄はそういう活用方法もあるんだなと」
食パンに並ぶ人気を見せているのが和フランスだ。
実は和フランスは食パンと同じ生地が使われているというのだ。
「和フランスはですね、最近ソフトフランスっていうのが人気だっていうのを知って、すごい美味しいし、いいなあと思って。今、高齢者とかお年寄りも増えてきていて、歯が弱くても食べることができる、柔らかめなフランスパンを作れないかって言われて考えました」
「食パンの生地と同じなので正直コッペパンに近いのかなって思うんですけど(笑)」
少ない人数でも焼きあがるまでの工程が少ない分パートさんでもある程度は作ることができるようになっているそうだ。
近年のコロナ禍でも営業を続けてこられたのはパートさん方の力があったからだと話していた。
一度に作ることができるパンは多くない。だからこそ多くのパンが焼きたてで並んでいる。
「いつ来てもある程度焼きたてが食べられるっていうのに価値があるんじゃないかな」
「沢山の種類のあるパン屋は、お店に入った段階でワクワク感もあって好きなんですけど、午後からの焼きたては少なくて。昼頃から焼きたてのパンが何度も並ぶお店があってもいいのではと、思いました」
夢楽(ムラ)と読むように一つ一つの出会いがパズルのようにつながっている。
「どれか一つでも欠けていたら今のようなお店を開けていなかったかもしれない」という佐藤さんの言葉が印象的だった。
沢山の人の協力、夢楽(ムラ)の笑顔あってこその「夢楽のパン工房 Yadorigi」なのだ。
取材 向井伊吹
この記事は、岩手と学生を繋ぐ関係人口創出プロジェクト「わたしといわての研究所」のゼミの一環で、学生が制作しております。