WORK 石川の仕事 WORK 石川の仕事

今からでもできる!これから必要とされる!地域の守り手になりませんか

加賀建設株式会社 / 建設ディレクター(建設アシスタント)

インタビュー記事

更新日 : 2023年12月06日

金沢市の沿岸部、金石(かないわ)。金沢駅から15分の港の向かいに、加賀建設の社屋はある。
漁師町の造船会社として創業し、移りゆく時代の中で業態を変化させながら80年にわたって地元の発展に尽くす同社。
鶴山雄一社長(42)は父からの会社を引き継ぎ、2020年に社長に就任した。「先入観を持たず、変わり続ける社風です」。ノートパソコンを広げ、さっそく建設・土木のお話が始まると思いきや、画面に現れたのは金沢名物の棒ほうじ茶のパッケージだった。

加賀建設株式会社 事業概要

1918(昭和18)年、加賀造船株式会社として創業。木造船の需要減に伴い、造船技術を生かした建築事業に転換。その後、国内における公共投資を追い風に、土木事業にも参入し、道路・橋梁・河川工事に加え、金沢港建設で培った港湾・海上での施工・リニューアルを得意分野として成長させてきた。現在は地域活性化事業にも積極的に取り組み、創業地の漁師の素朴な食事に着想を得た「お味噌汁食堂そらみそ」など飲食・物販事業や、棒茶の海外事業を手掛ける。

地域あっての会社だから
石川の魅力を全国へ

 金沢をはじめ、石川県内で広く飲まれる棒ほうじ茶。「棒茶」とも呼ばれチャノキの茎を使ったやわらかな甘みが特徴だ。同社では地域活性化事業の核として、この棒茶を国内外に広めるビックプロジェクトに取り組んでいる。自宅で130年ほどお茶の販売を営んでいる。出張が多かった鶴山さんは、海外で飲む日本茶がおいしくないことに気付き、自宅で飲む味を届けたいと考えるようになった。青年会議所活動に力を入れていた鶴山さんは、日本各地をまわり、特別な生産方法を持つ農家との出会いによって原料を仕入れることができた。そして偶然にも特殊な焙煎方法を研究していた方とも知り合ったことで、産学官の連携による焙煎方法を用いた世界で唯一のお茶が生まれた。丹精した商品は「金棒茶(かなぼうちゃ)SHUN」として、ニューヨークやパリの商談会で、日本の新しい茶「棒茶BOWCHA」としてムーブメントを起こすべく、鶴山さん自ら魅力を伝えている。

 土木建設業を軸とする同社が、なぜ他分野でここまで壮大な事業を展開しているのだろうか。きっかけとなったのは、生まれ育った金石町の目に見える衰退だった。
「まず地価がどんどん落ちているんです。空き家も増えた」鶴山さんの脳裏にあったのは会社に代々伝わる「地域があって会社がある」という教えだ。自分たちの今だけを考えるのではなく、次世代のことを考えるといてもたってもいられない。「今は誰も困っていない。だからこそ気付いたころには手遅れになる」
 もちろん海外展開だけではない。社屋近くの倉庫をテナントとして貸し出した喫茶店は、漁港を一望できる人気店に。さらに同社が直接仕掛けた「お味噌汁食堂そらみそ」は、漁師メシに着想を得た素朴な味噌汁とおにぎりがヒットし、平日でも行列が絶えない。

 自らが先陣を切って金沢や石川を盛り上げれば、地域の価値が上がる。地域の価値が上がれば、建設業も盛り上がる。地元と持ちつ持たれつの関係を大切にするのは、漁師を支える造船業をルーツに持つ同社の経営哲学と言えるだろう。

夢は百貨店の会長!?
経営危機に夢中で対応

 幼少期から家族が経営する加賀建設を見てきた鶴山さん。建設現場での活躍はもちろん、地域の行事や地域の賑わい創出事業への協力も惜しまなかった父の背中に、地元の生活を守る使命を感じ取った。小学生の頃、将来の夢は有名デパートの会長だったという。「いろんな商品を揃えて、地域を豊かにしたいと思ったんでしょうね」鶴山さんは笑った。
 会社を引き継ぐことはそれほど意識しなかったと言うが、大学卒業後は地元の建設業者に就職。現場の達成感や苦労を学ぶ一方、労働環境の悪さなど業界の課題も目の当たりにした。2008年に加賀建設に入社。これから問題に取り掛かろうとした矢先に、いきなり経営の危機に直面した。
 「工事受注が金額だけではない、企業の評価も重要となる時代になっていたんです」 当時の同社には企業の評価となる提案書をつくるノウハウが無かった。受注ができず経営が悪化し、鶴山さんが入社した年に初めて赤字になるほど追い込まれた。「自分が入社したことで、きっと期待されるだろうと勘違いしていました。しかし現実は社員が辞めていき、悔しかったですね」提案書は、顧客満足度を高めるための課題がお題とされており、その解決策によって判断されるため、とにかく資料作成の研究に没頭した。夢中になり会社の床で寝ていたこともある。数年かけて鶴山さんの努力が実を結び、少しずつ受注数は回復していった。

女性社員が半数
建設ってこんなもんでしょを変えた

 加賀建設のもう一つの特徴は、建設業界では珍しく男女比がほぼ1:1であることだ。鶴山さんが入社した08年ごろの男女比率は7:1。女性社員はわずか5人だった。
この12年で女性社員が大きく増えたのも、先述の「地域あっての会社」という考えを地道に実践してきた成果だ。
 自ら見て回った建設現場には多くの問題があった。男女別になっていないトイレ。タバコの煙が絶えない休憩室。特に、工事現場での劣悪な環境を語る女性社員の話が衝撃的だった。「社員の子どもたちが入社するような会社にしなければ続かない」鶴山さんは徹底的に改革に取り組んだ。社員数が増えたことも追い風となって今では現場に出る女性も多くなり、社内結婚も増えた。2020年には念願だった社員の子どもが入社するという出来事にも恵まれ、感慨もひとしおだった。
労働環境の向上で社員も明るく前向きに仕事に取り組むようになり、工事現場近くのコンビニなどからは「あいさつが元気でうれしい」と褒められることもある。
「『建設業はこんなもんでしょ』と思われているし、以前の私も思っていた。それを変えられたのは大きい」鶴山さんは胸を張った。


それぞれの頑張りを評価できる会社へ

 最後に、加賀建設が求める人材像についてうかがった。「エースでなくていいけれど、互いの才能を認め合える人が向いているかな」
 社内の雰囲気は良い意味で部活動のようだと語る鶴山さん。数字や成果も大切だが、それ以上に、個人の頑張りと、やり抜く力を評価しているという。
 「それから基本的な礼儀ですね」。マナーの正しさではなく、他者を思いやる気持ちの有無だという。
 建築や土木という事業を軸に、地域活性化への大きな挑戦を続ける加賀建設。次世代への大きな架け橋はいま、工事の佳境を迎えている。