珠洲市の中心市街地からほど近い事務所「ESGオフィス」を訪ねた。駐車場で車を降りると、海こそ見えないものの打ち寄せる波音が聞こえてきた。事務所向かいに建つ民家の先は、すぐに砂浜である。グループを含め1300人あまりが勤務する同社だが、珠洲に常駐するのは10人ほど。
珠洲本社の業務を取り仕切る企画総務部の中山仁(ひとし)部長(51)は七尾市出身。22年秋に約30年勤めた地元銀行からアステナHDに出向してきた。銀行時代は経営危機に瀕した企業の再建を手掛ける法人担当や、能登地域の支店長などを歴任した。
珠洲支店長を務めていた2020年、営業先の宿泊施設に滞在していたアステナHD岩城慶太郎社長と出会ったのが同社とのファーストコンタクトになった。岩城社長から珠洲への本社移転計画と、サステナビリティ戦略の一環である地域支援策を聞くうちに、自身も関わりたいという気持ちが高まっていく。銀行では奥能登地域の地域資源を生かしたビジネスを創出する「のとSDGsファンド」をアステナHDの協力で設立し、その勢いのまま出向を決めた。「珠洲はもともと移住者が多くて刺激を受けていたので、なるべくしてなった結果なのかな」と中山さんは笑う。
奥能登に持続可能な社会を
中山さんら珠洲勤務の社員の重要な仕事は、奥能登に「持続可能な社会」を構築することだ。21年の持株体制移行に合わせて発表された同社の新たな戦略は、技術・産業・社会それぞれの分野で「サステナビリティ」を目指している。このなかで珠洲本社は、新規事業を生み出しながら「社会」のソーシャルインパクト戦略を担う重要拠点に位置づけられている。
能登半島の最北に位置する珠洲市の人口は約1.3万人。いまや本州で最小人口の「市」となった。高齢化や過疎化は加速度的に進み、半島の先端という立地から産業誘致も不利な状況だ。親が子に「不便だから帰ってこなくていいよ」と言うことすらある。里山里海に根ざした暮らしが注目されるようになった今でも、住民はその豊かさをいまいち実感していないようだ。事実、多くの人が高校卒業と同時に街を出て、なかなか戻ってこない。「親も子ももっと地元が好きだと言いあえるようになってほしい」と中山さんは力を込める。アステナHDは移転直後からグループ内で奥能登各地の小中学校・高校で郷土学習や起業支援などに力を入れてきた。しかし会社の持ち出しだけではいずれ継続ができなくなる。そこで今度は市の財源を少しでも増やそうと、タブレット端末からふるさと納税ができる新サービスを社内のエンジニアと開発した。中山さんも住民の困りごとに耳を傾け、必要な企業や団体を銀行時代の人脈で探し当てている。「珠洲には既に面白い人が集まっているから求める人とすぐ出会える。人が少ないから目立つのかもしれないけど」。これからは地元事業者や行政と協力しながら、1次産業やエネルギー事業を手掛けていくつもりだという。過酷なビジネス環境の珠洲だからこそ、ここで確立したビジネスは全国どこにでも持っていけるものになると中山さんは信じている。
やりすぎるくらいがちょうどいい
最後に、珠洲を含む奥能登地域に向いているのはどのような人か、中山さんに伺った。「やはり、どこか尖っている人ですかね」。先述の通り、珠洲には移住者も多い。そのなかには若者が多いのも特徴だ。中山さんも銀行時代から移住者の集まる場所には積極的にでかけてきたが、そこで出会う人はみな斬新なアイディアを思いつく人ばかり。彼らに共通するのは、今の、ありのままの珠洲を面白いと感じていることだ。先入観を持たなければ、奥能登にはよそ者でも飛び込める余白がたくさん広がっている。「やりすぎるくらいがちょうどいい、意外と怒られたこともないし」と中山さん。「今は多様性の時代。ここでなにかをやりたい人なら誰が来ても良い。強気なほうが向いている」。
日本海に130㌔張り出した能登半島の先端。行き止まりならではの面白さを資源に変えるべく、アステナHDの挑戦は続いていく。