人脈を駆使、里帰り出産も対象に

葬儀社が出産祝い!?地域のための奇策とは?

能登最南端の宝達志水町。有名観光地である千里浜の南半分を有し、輪島方面と七尾方面の道が分かれる交通の要衝でもある。だが1982(昭和57)年の能登有料道路(現のと里山海道)の開通後は通過する人が増加し、少子高齢化も相まって町の賑わいは徐々に失われつつある。そんな町を盛り上げる取り組みがあると聞き、訪ねてみるとそこはなんと葬儀場だった。

「町内すべての赤ちゃんをお祝いすることに決めました」

死者を弔う場で思いがけず新生児の話が飛び出す。聞けば民間企業が出産祝い金1万円を出す県内初の試みというではないか。しかも里帰り出産や移住者まで対象になるという。一体どういう仕組みなのだろうか。礼服を着こなす男性はていねいに教えてくれた。

利益になりませんよ

「あと10年もすれば葬儀の需要もしぼんでいく。まだ余裕のあるうちに大きな手を打ちたいと考えたんです」

取締役の岡本豊さん(63)は大学卒業後、銀行マンとして勤め、40代で帰郷。久々に戻った町の衰退を肌で感じた。かつて若者が威勢よく担いだ夏祭りの神輿も今は台車に載せてそぞろ歩くばかり。住民の高齢化にともなって葬儀の需要は伸びたが、人口は減ったため親族大勢でお金を出し合う豪華な式も見られなくなっていた。

葬儀場「セレモニーステーション志水」は、2008(平成20)年に創業。運営会社の株式会社「志水」は斎場がなかった押水(おしみず)、志雄(しお)の住民有志が力を合わせて立ち上げた。今では年間200件以上の葬儀を営み、町内で9割近いシェアを有している。

創業時から学童スポーツや介護施設に支援を続けている同社だが、より直接的な少子化対策として思いついたのが出産祝い金だった。岡本さんが幼い頃は同級生が300人近くいたが、現在の町内の新生児は毎年50人前後にとどまる。もし仮に100人に増えても十分まかなえる金額だということがわかったのだ。

「経費ではなく出費。節税にもならないし、会社としてはまったく利益になりませんよ?」

最近は食事会や宿泊イベントなどを開いて顧客確保に務める葬儀場も多いが、お祝い金は会社の利益ではなく、純粋に町の活気を取り戻すことを優先しているのだ。

地域が子を育てる

祝い金は町が産後1〜2ヶ月で実施する保健師訪問で申込書を配る方式を取った。戸籍だけでは既に転出した人の里帰り出産は把握できないが、町にゆかりのある人から申込みがあればお祝い金を贈るという。この仕組みを支えるのは葬儀社を通じて広げた町内の人脈だ。多くの人が一同に会する斎場は、地域の人の話も耳に入りやすい。

「孫が生まれたなんて話はすぐに聞こえてくるので、取りこぼしも少ないんじゃないかと思います」

このネットワークは子育てにも追い風だと岡本さんは考えている。顔見知りが多いことで防犯につながるのはもちろんだが、近所のおじいちゃんおばあちゃんがアドバイスをくれたり、ときには叱ってくれたりと、みんなで応援する雰囲気があるからだ。

「ITの普及で都会との教育格差は小さくなってきた、人の温かみを感じられるというのも宝達に住む理由になるんやないかな」

町内だけではなく、銀行員時代のパイプも積極的に使いながら地域のためになる事業を考えたいと意気込む岡本さん。新生児全員に対応できてしまうのも、地域と支え合いながら子育てができるのも、町がコンパクトだから。

「宝達志水はいろんなことがちょうどいい町なんですよね」

黒い礼服が霞むほどの笑顔で答えると、岡本さんは再び仕事に戻っていった。
後日、地元紙の朝刊を見ると、初めてのお祝い金を渡す様子が掲載されていた。
能登の入口の町、少子化の出口を探る取り組みは始まったばかりだ。

宝達志水町市街、志雄(しお)の町並み

 

取材協力 株式会社志水
所在地 宝達志水町宿壱七18番地1