【イジュリーマン】ここにしかない輝き

宮吉信行さん(株式会社箔一 人事課長)

加賀百万石の伝統として思い起こされる華やかな金箔工芸。国内総生産の9割以上を石川県が占めており、現代においても重要な地場産業のひとつである。にび色の輝きは2015年の北陸新幹線金沢延伸開業を追い風に、みやげ品や料理の飾りなど幅広いジャンルで注目がますます高まっている。

宮吉信行さん(39)=小松市出身=は、愛知県からUターンし、金箔製品を手掛ける金沢市の株式会社箔一(はくいち)で人事課長を務める。前職は自動車ディーラーであり、異業種からの転職だ。

「せっかく地元で働くなら、石川にしかない仕事がしたかったんです」

宮吉さんと同じく転職組の同僚、堀井柚花さん(28)=志賀町出身=とともに、自らの体験を振り返った。

 

場所軸で選んだ

高校卒業後、エンジニアを志して石川県内の大学に進学した宮吉さん。だが大学の講義を受けるうちに、もっと仕事に直結するような勉強がしたいと思うようになり、2年次で中退を決意する。その足で向かった先は自動車工業の本場である愛知県の専門学校。2年かけて本格的な技術を学び、卒業後はそのまま愛知県内の自動車ディーラーに就職した。

「やりたいこと以外のことに時間をかけていられないと思って行動していましたね」

全国有数の売上成績を誇る会社だったが、もともと車が大好きだったという宮吉さんは整備部門から営業、人事にキャリアアップを重ねながら、11年間勤め上げることになった。

充実した生活を送るうちに、変化は穏やかに訪れた。

「会社員としての仕事は充実していましたが、住んでいる場所への愛着があまり湧いてこないことに気付きました」

高度な知識を学び、やりがいのある仕事ができる場所を求めて石川県を飛び出したが、30代半ばに差し掛かり、これからは住む場所のほうが大事なのではないかと思い始めた。石川の両親も特に帰ってこいとは言わなかったが、将来の心配もある。今では人事としての専門知識も持ち合わせていたので、ここがターニングポイントだと転職を決意した。

「場所軸で仕事を選んだのは初めてでしたが、今のキャリアを地元で生かせるか試してみたかったところもありました」

箔一に転職が決まり、選んだのは金沢郊外の白山市。市内は美しい砂浜から霊峰白山の頂までダイナミックな風景が連なっている。愛知に比べて店や行楽地の混雑せず快適なのはもちろんだが、雪国らしいはっきりとした季節の移ろい、祭りや工芸など伝統が重んじられていることなどが魅力的だと宮吉さんは笑顔で話した。

 

成長したいなら地元企業に行け

宮吉さんの現在の仕事は「人事の仕事すべて」。大きな会社では採用や研修、労務管理など細かく分かれる人事部門だが、従業員240人の箔一は少数精鋭で動いている。悪く言えば、多少専門外の仕事があっても逃げることはできないわけだが、宮吉さんにとってはさまざまな経験が積める学びの場だという。

「日々の社員管理だけでなく新人教育、人事制度の改定にも関わりました、できることの幅が格段に広がりましたね」

そもそも石川県には多くの社員を抱える企業は少ない。県内の就職活動では中小企業を検討することがほとんどだろうと宮吉さん。大企業には安定した経営基盤と、仕事をカバーしあえる専門性の高い社員が揃う一方で、ひとりの関わる分野が狭いなど縦割りならではのデメリットもある。

「何でも任される会社は、キャリアアップの場として最適です。仕事で成長したい人は新卒でも転職でも、一度は地元企業に行くことをおすすめしたいです」

宮吉さんの言葉に、堀井さんも大きくうなづく。堀井さんは宮吉さんとは異なり高校卒業後からずっと石川県で働き続けてきた。6年前に箔一に入社したあとは金箔の生産管理などを手掛け、取材の2か月前に人事課に配属されたばかり。まだまだ慣れないというが、ずっと地元で働いてきたことも仕事のヒントになっている。

「人口の少ない石川県では企業だけでなく人間関係などさまざまなコミュニティが狭く、内に引きこもりがちなんです」

宮吉さんのような出戻りの人や、石川に縁もゆかりもない転職者の豊富な経験が、閉塞感の打破につながるのではないかと感じている。

 

就活前に現場見て

宮吉さんや堀井さんら人事課が今取り組んでいるのは地元国立大学との連携だ。次世代の担い手となる大学生だが、在学中は学内のコミュニティーにとどまり、就職活動では発信力の優れた都会の有名企業を志望しがち。

「私も学生時代は箔一のことを名前くらいしか知りませんでした。企業としても大学は近くにあるのに関わりがなかったんです」
宮吉さん自身、専門性を深めるために大学から専門学校へ移ったのは前述の通り。大学生には働くイメージが見えないまま就活に挑み、かしこまった企業PR合戦に翻弄される前に現場を体験してもらおうと、工夫をこらしている。
箔一の食品用金箔は金沢観光の名物金箔ソフトクリームで人気を集めているし、耐久性を高めたものは建築材料での採用も当たり前になってきた。水と空気以外には何でも貼ることができるという技術は地元の期待も厚い。

「都会の大きな会社と違って、行政や異業種からの依頼がどんどん舞い込む。規模が小さいから社長と気軽に立ち話もできる。地方には面白い職場があるよと伝えたいです」

宮吉さんは力強く語った。

株式会社箔一

1975年、金沢箔工芸品メーカーとして創業。1987年に現在も人気の料理用金箔を他社に先駆けて発売した。工芸品、化粧品、食用金箔、建築装飾、箔材料、文化観光の6分野を専門に、金箔文化の継承と発展を目指している。株式会社箔一公式サイト