Twitterを眺めていると移住情報を紹介しているアカウントを見つけた。プロフィールに書かれていたブログを見てみると、どうやら石川県出身で、都会から戻ってきたようだ。移住体験だけでなく、妻や娘も登場し、生活全般さまざまな視点から綴られているではないか。いったい何者なのだろうか。連絡を取って金沢市内の自宅を訪れると、夫婦そろって出迎えてくれた。

「このままでは思い通りの暮らしができないのではないかと悩んで、石川に戻ることにしました」

柔和なご主人が楽しそうに切り出した。

先送りしたくない

カズマさん（35）は、かほく市出身で、高校卒業後に静岡県内へ進学。妻のカスミさん（35）＝浜松市出身＝とは大学時代に知り合った。会社員として転勤するうちに神奈川県に至り、移住直前はミニコミ誌の記者や営業として勤めた。弟も神奈川で暮らしていて苦労はなかったというが、石川に両親と家を残しているのが気がかりだった。

「実家のことが頭をよぎり、都会で家を買うような決断もしづらかったんです」

両親から帰ってくるよう言われたことはなかったというが、将来を考えればあまり先送りできない問題。遠く離れた場所から両親を心配するばかりでは、自分や家族の生活にも影響があるのではと思うようになった。コロナ禍で家族との時間の大切さを再確認していくなかで、片道1時間を超える通勤時間も無駄ではないかと感じ始めた。長女の小学校入学も間近。タイミングは今だとカスミさんに持ちかけると

「どこへ行っても自分らしく生きられるし良いんじゃない？」と前向きな返事をもらった。

実は、カスミさんの実家は転勤族。幼いころから引っ越しを10回以上経験していて不安はなかったという。さらに地元の静岡県では見られない雪景色への憧れもあり、断る理由はなかった。かくして夫婦の決意が固まったのである。

衝撃！2泊3日で家決定

カズマさんが転職活動を始めたのは2021年の5月。これまでと同じメディア業界を目指し、大手転職サイトや石川県の紹介サイトも読み込んだが、最終的にはハローワークが役立った。ほとんど名前と待遇くらいしかわからない求人票を手にオフィスを訪ねた。

「情報収集がとても大変、地方転職で応募先の実情を知るには自分の目で確認するしか方法がなかったんです」

無事に就職を決まったのが夏ごろ。そこから家探しが始まった。神奈川の自宅からインターネットを駆使して転職先から近い物件をピックアップ。アップロードされた図面や写真を毎日眺め「やっぱり違うな」と思ったものを捨てていく作業を繰り返した。最終的に3つほどの候補に絞られた。当然、ここから内見と契約手続きがあるが、カズマさんとカスミさんは2泊3日の弾丸ツアーで済ませてしまう。しかも親の知人を頼り、自動車購入まで一気に終えたというのが驚きだ（詳しい経緯はブログに綴られている）。近くに実家があるという地の利を最大限に活用した形だ。

「盆と正月くらいしか帰省しなかったので、稲刈り後のわら焼きの香りが子どもの頃を思い出して懐かしかったですね」

無事全てが決まり、11月に金沢での暮らしがスタートした。実家近くの海が好きだったというカズマさん。新しい家も海水浴場まですぐ行ける立地だ。

内見で訪れた内灘海水浴場（カズマさんブログより）

地味な積み重ね

カスミさんは転職活動を続ける夫を応援しながら、石川県への移住について調べた。出てくる情報で気になったのは石川の人が「そっけない」「とっつきにくい」という指摘だった。自身も地方出身者で不安はなかったというが、実際に来てみてどう思ったのだろうか。

「正直、相手や、こちらの態度による部分が多いなと思いましたよ」

親切な人もいれば警戒する人もいた。それは県民性などではなく個性だったという。実際、移住後に農業に関わる仕事を見つけて飛び込み、地元の人とともに汗を流す生活にも満足している。将来は幅広い世代の居場所になるフリースクールをつくりたいと新たな夢も抱いている。

通勤時間の長さが悩みだったカズマさんも、今は職場までたった10分。娘が遊ぶ近所の公園も混み合わず快適とあって、家族との時間が濃密になった。学生時代からの趣味だったアカペラも金沢でサークルを見つけて楽しむ。両親も里帰りを喜んでおり、ドライブや買い物も手伝ってくれるという。
「移住というと『都会で得たスキルを活かして大活躍』などと考えてしまいますが、地味な積み重ねが大事なのはどこでも同じです」

決して華やかなではないがストレスは確実に少なくなった。今は憧れのマイホームを手に入れるため仕事にもますます精が入る。帰宅後の楽しみは家族とのふれあいだが、実はもうひとつ欠かせないものがあるとカズマさんが小声で教えてくれた。

「日本酒が好きでね、フクラギ（ブリの幼魚）と1杯なんて最高ですよ」