鐘が鳴るなり緩衝地帯

繁華街スケッチ(4)金沢市の柿木畠

きらびやかなネオン街は街の顔。新しい町で暮らすなら有名観光地より、仕事帰りの一杯のほうが気になる。そんな方のためにイシカワズカン記者が県内各地の繁華街に足を運び、写真つきで紹介する連載企画である。

【著者】東京の隣、山梨県甲府市出身。大学進学を機に金沢に転居し、紆余曲折あったものの石川県12年目となった。趣味は散歩と写真と、うまい酒とメシ。北陸新幹線開業後の観光ブームはうれしいが、大学時代の静かな金沢を思い出しちょっとブルーになることも。先日は香林坊にまだ踏み込んだことのない路地を発見し、非常に興奮した。

 

柿木畠、かきのきばたけ。どこか山間の集落に数えるばかりの民家。熟れた実を付けた木が裏山との境を曖昧にして並んでいる。そんな風景を思い浮かべた人は、たぶん石川県出身者ではないのだ。デパートや高級ブティックが並ぶ香林坊を下り、眩しい繁華街片町の咆哮が聞こえた瞬間、さっと路地裏へ逃げるとそこが柿木畠である。ここはかつて城下町中心部ながら空き地とされ、火災時に延焼を防ぐための場所だった。柿木畠の名はその空き地にあったカキの大木に由来するという。目を焼く日差しもビル陰に消えかける時刻、かつての緩衝地帯に単身踏み込んだ。

柿木畠の入口は片町商店街の起点と同じ、香林坊交差点の片隅にある。ツタが這い上がる老舗のおでん屋の前には開店を待つ観光客が行列を成している。奥へ進むと用水路が前からやってきて合流した。後方の大通りの下を抜けて長町方面へ流れる鞍月(くらつき)用水である。ほんの少し下流の沿道は「せせらぎ通り」と称され、用水沿いに料亭や雑貨店が立ち並ぶ風雅な景色が人気である。だが柿木畠でこの流れを顧みるものは皆無と言っていい。水のほうも粗暴さを隠そうともせず、うねりながらビルの狭間へ去っていく。

ビジネスホテルの前にはサンタクロースのモニュメントが西日に照らされて顔まで赤くなっていた。と思えば、向かい側のバーにはアオガエルの像がこちらを見ている。店の前には昨晩の空きびんが積み上がり、酒販店の白いバンが通りの端から順に回収している。引き換えにビールサーバーに使う銀色のガスボンベが置かれ、通行人の顔をギラリと差した。

少し進むと断崖と用水に挟まれた空間に小さな公園が現れた。街路は放射状に3方向へ分かれヨーロッパの路地にも似ている。一方の角には日本基督教会金沢教会(プロテスタント)があり、少し見上げると広坂にあるカトリック金沢教会の鐘楼もそびえている。

4時を告げる教会の鐘を聞き、ピアッツァ柿木畠、プラッツ柿木畠、とも呼びたくなるような広場を抜けていくと、今度は洋食レストランの壁に書かれたエジプト風の壁画が目にとまる。手前にはネオンが輝く中華料理。ジャズバーから生演奏も聞こえてきて急に無国籍な眺めが始まる。

かつてグルメ番組の常連だった芸能人がテレビで紹介して一躍人気になった喫茶店も、週半ばの平日は静かなものだ。開け放しのドアから、くずきりをすする客の影が見えた。近所の高校生が自転車で通り過ぎ、歩く気力の薄れたトイプードルを引きずった男性がのしのしと横道へ退場していった。

「きょうも予約でいっぱいだってさ」

「やっぱりちゃんと調べてこなきゃだめだね」

背後から観光で訪れたとみえる老夫婦の声がする。通り沿いの名高い和食料理店は、開店前だというのにもう満席の札がかかっていた。ほんの少し下った片町なら夜の料理など選び放題だが、観光客にとってはガイドブックで見た有名店のみが存在していて、あとは荒野である。他にめぼしいものがないとわかると、足早に香林坊へ引き返していった。

行き行きて石川県知事公邸の白い門が見えてくると、道は再び鞍月用水と交わり終端である。三角形の小さな公園には、ひかえめにカキの木が植えられている。多国籍な店が入り乱れ、帰属のあいまいな一帯は今、昼の街と夜の街のせめぎ合う最前線として、片町へ進むサラリーマンの背中を見送っている。アジサイがこんもりと咲いていた。

名称 柿木畠
所在地 金沢市柿木畠、片町1丁目
駐車場 金沢市役所・美術館駐車場、香林坊地下駐車場、ほかコインパーキング多数あり