錆びた球体と冴えた町

繁華街スケッチ(2)金沢市の金沢駅前別院通り商店街
きらびやかなネオン街は街の顔。
新しい町で暮らすなら有名観光地より、仕事帰りの一杯のほうが気になる。そんな方のためにイシカワズカン記者が県内各地の繁華街に足を運び、写真つきで紹介する連載企画である。
 


以前金沢を訪れた東京育ちの友人は、駅前に商店街がないことに驚いていた。たしかに都会の私鉄沿線では、駅前ロータリーからまっすぐ繋がるアーケードが必ずある。その入口にはたいていハンバーガー、カラオケ、パチンコ店のどれかが門柱のようにそびえているが、奥へ進めば店の種類や人々の姿に、町の個性が見えてくる。駅前商店街は、旅人の第一印象を決める重要な役割を担っているのである。

その点、金沢の駅前というのはのっぺらぼうである。おそらく商店街の役割を担うような店を集約するファッションビルが1棟、巨大で特徴的な見かけのホテルが西口と東口に合わせて4棟……たったこれだけだ。友人が驚くのも無理はない。しかも伝統ある城下町との前評判を聞いて来たのだから、この風景はまったく期待外れであっただろう。

さて、駅前での仕事を終えてバスターミナルに向かうと、見たことのない大行列をなしていた。5月末は修学旅行シーズンのようだ。家に向かうバス路線は有名観光地を経由するので学生たちに目をつけられたようだ。家はそこまで遠くないし、幸い天気も良い。踵を返し駅前通りをゆっくりと下ることにした。

先ほど、金沢には駅前商店街がないと書いた。しかし「金沢駅前」を冠する商店街が実はふたつある。ひとつは兼六園口を出て右手の金沢駅前三和商店街。もうひとつが金沢駅前別院通り商店街だ。

駅前大通りを1分も歩かないうちに、錆びた大きなオブジェが見えてくる。フィンランドの作家ヤンネ・クリスティアン・ヴィルックネンの「コーパス・マイナー #1」という作品だ。この鋳鉄の球体は、次第に赤茶けていくことで町の発展や変化を表現しているという。私も見たことがないが、設置時は銀色に輝いていたようだ。この怪しい球体が、別院通り商店街の門柱である。左斜めに分かれた道は、次第にタイル張りになり、繁華街らしさを見せ始めた。

別院通りは空が広い。ほとんどの建物は2階建てで高いビルの多い駅前から来ると、急に視界が開けたように感じる。空と同じくらい目に飛び込んでくるのは、居酒屋やバーのギラつく飾り物たちだ。軒先にずらりと酒瓶が連なる料理店があるかと思えば、軒先に菓子の名前を万国旗のように吊り下げた和菓子店も目にとまる。各店自慢のディスプレーは、派手だなと立ち止まって見つめると、意外にもあまり派手ではない。奇抜でなく、意外性で気を引かれるのである。

寄席のような字体を掲げた寿司店の前で、白衣の板前と着物姿の女が、ホースで何かを洗い始めた。オーブンに使う大きな網だろうか。板前が勢いよく蛇口をひねると、ホースの先にいた店員の女が驚いて飛び退く。

「ちょっと、水かかったんやけど」

「ごめんて」

「なんや、わざとやろ」

寿司店員のイメージ通りの、覇気あるふたりの声に笑い声が混じり、通りにこぼれた。夕刊配達のバイクが緩んだタイルの路面を踏んでコポコポと合いの手を打った。

奥へ進むと、外見の洒落た居酒屋は減り、ビニールの日除けを掲げるこれぞ商店といった建物ばかりになる。

「だから、そういうんはちゃんとしてもらわんなんよ」

甘栗を売る店から店長の電話の声が漏れ聞こえた。

甘栗を過ぎると、次は焼けたコーヒーの香りがした。流行の鮮烈な豆を売る焙煎所のようである。通りに漂う煙を浴びただけでも、夕刻の疲れが剥がれ落ちていく感覚を得られた。このままここで、1杯飲んでいこうか。

夜風も手伝って冴えていく頭で考えつく。あの球体と、この肩の上の球体とでは、時間の流れが真逆であるなと愉快になった。

 

名称 金沢駅前別院通り商店街
アクセス 金沢駅、リファーレ前バス停より徒歩1分。コインパーキング多数あり。