奥能登に「第三の場所」をつくる

北澤晋太郎さん(中田文化額装店、NPO法人ガクソー代表)

珠洲市の中心市街地飯田町。昔ながらの商店街が軒を連ね、周辺に大きなショッピングセンターがないことも幸いしてか、まだまだ活気が感じられる。書店や玩具店がある通りの先に、何やら雑多で不思議な店があるのを見つけた。覗いてみると壁には本や植物、はたまたボードゲームまで並んでいる。看板には「中田文化額装店」とあるが、何かを売っている様子でもなさそうだ。

「文化をラッピングする場所にしたいなあと思っています」

中から出てきたのは店を取り仕切る若い男性だった。

額縁をつくる仕事

中田文化額装店の建物は、かつて表具や額縁を販売する店で、数年前まで営業していた。この場所を文化や学びの拠点に変えようと2019年にスタートしたのがNPO法人ガクソーだ。理事長の北澤晋太郎さん(34)は、珠洲の風景にひかれて都内から移住し、7年目になる。

「自然環境は素晴らしいですが、若者を育てる場が足りていないと感じていました」

能登半島最北にあって人口流出が止まらない珠洲市。いまや市では本州最少の1.3万人にまで落ち込んでいる。

もちろん市内に小中高校があり、学校教育に不足はない。しかし同世代の子どもが少数であり、刺激的な大人が身の回りにいないことが成長のチャンスを削いでいると北澤さんは話す。

「情報が限られる珠洲では、進学も就職も選択肢があること自体に気付かない子が多いんです。家庭、学校に次ぐ第3の学びの場を作りたいと構想しました」

法人のメンバーには若い移住者や地元出身者ら10人ほどが連なる。IT企業に勤めていた人や、芸術系大学の卒業生など多彩な顔ぶれだ。各自が持ち前の才能を活かして学習塾から受験指導、大人向けの講座まで、幅広いプログラムを展開している。

あやしい大人の必要性

木曜日の午後7時過ぎ。中田文化額装店に中学生3人が集まり、数学教室が始まった。先生を務めるのは北澤さんだ。

「ここの三角形に気付くかどうかがポイントだね」

ホワイトボードを前に悩む生徒を前に的確なヒントを投げかける。野球好きの男の子には「あたり!ホームランや!」と褒めるのも忘れない。

「最初は勉強する同級生を茶化すような生徒もいました。「ガリ勉」ってバカにするような風潮ってどこにでもあるじゃないですか。でも今は熱心に問題に向き合ってくれるようになったんです」

北澤さんは手応えを感じてうれしそうだ。

珠洲市の小中学校は多くても全校で100人ほど。どれも荒れているというわけではないが、どうしても学校が合わなかったり、進学に失敗したりして挫折する子どもは出てしまう。地域の子どもが少ないために悪目立ちしてしまうし、市内の他校に転入しても人間関係をリセットするのは難しい。繊細な子どもは家庭内でも負い目を感じるようになり、ますます引きこもるという悪循環も起こってしまうという。

中田文化額装店は学校、家庭以外で年齢の近い大人たちと触れ合う唯一の場所だ。居場所を見失いそうな子どもたちに手を差し伸べるのも重要な役割と考えている。店は利益を考えず、教育に貢献したい人からの寄付で運営されている。珠洲では買えないような画集やビジネス書、そして参考書は、必要あれば法人のメンバーが率先して購入し、学びを妨げないように努めている。

「たとえ失敗しても、別の仕事、別の場所ではうまくいくかもしれない。まだ知らない可能性を教えてあげる『あやしい大人』が必要だと思うんです」

数学教室を終えた店内でホワイトボードを拭いながら、北澤さんは静かに語った。

名称 中田文化額装店
所在地 珠洲市飯田町14ー13
ウェブサイト https://npo.gaxo.club/