奥能登の食でお出迎え

浅井誠さん(ろばた焼あさ井代表)

能登半島最北端の珠洲市。金沢市から130キロ、2時間以上離れているこの街で、誰もが知っている飲食店がある。
同市飯田町で半世紀にわたって親しまれる「ろばた焼あさ井」だ。2代目店主の浅井誠さん(48)が取り仕切る厨房には、海山の幸が集まり、手際よく調理されていく。揃いのTシャツで働くスタッフには、珠洲に移住した若者たちの姿も多い。
「失敗もみんなで笑い飛ばすような、和やかな関係ですね」
誰でも働きやすいと評判のお店で、移住者を迎える浅井さんの経歴や考えをうかがった。


「移民」と学んだ料理

 

店は浅井さんの父が1976(昭和51)年にオープンした。親戚の漁師から届く魚介類が冷蔵ケースに並び、船のパドル(かい)に料理を乗せて、カウンターから客に差し出すパフォーマンスが人気だったという。まだ奥能登がにぎやかな時代で、新聞配達が来る時刻まで営業していたこともあったそうだ。

浅井さんは幼い頃から長年父の姿を見つめ、幼いころは店を継ぐと言うこともあったが、高校進学くらいから料理人になる気持ちは少なくなっていた。
高校時代の夢はシステムエンジニア。まだ家庭用パソコンも普及していない時期に最先端の世界を学ぼうと、県外の大学の理工学部に進学した。だが数学と理科が苦手で2年目で中退してしまう。挫折を味わった浅井さんは大胆に方針を変え、なんとそのままオーストラリアへ語学留学に向かったのである。

移民が多いオーストラリアでは、外国出身者の就労や開業を支援する国の職業訓練学校が設けられている。そのなかには料理とサービスを教えるコースもあった。「やってみるか」滞在期間も限られる中、語学以外も学びたいとの想いに駆られ、思い切って試験を受けた。一度は不合格となったが、頼み込むと入学が許可された。日本での地方移住が話題になる前の2000年代。自ら「移民」として学んだ半年間は新鮮だった。フレンチ、イタリアン、中華、エスニック、そして和食まで基礎を一通り叩き込む濃密な時間だったという。

帰国後は父のつてで金沢の料亭グループに就職。初めての現場仕事だったが浅井さんはめきめきと頭角を現し、27歳のときには300席の店の料理長を任されるほどになった。しかし今度は物足りなくなってしまったという。
「料理を作ったり、お客さんと会話したりするのが好きだったので、指示する立場になったらあまりおもしろくなかったんです」
経験を生かし飲食店の開業コンサル等をしながら生活し、36歳で珠洲に戻ってきた。

 

分け隔てなく応援

 

久しぶりの珠洲は高齢化が進んでおり、宴会よりも個人客の割合が増えていた。そんな中、少しずつ移住者の姿が目にとまるようになった。浅井さんが店主となった2010年ごろはその姿も様々で、住民に怪しまれたり、訳ありなのか数ヶ月で突然去ってしまう人もいたという。
風向きが変わったのはここ5年ほどだ。2017年の奥能登国際芸術祭を期に、作家や美大の卒業生など若者が次々に移り住むようになった。移住者が移住者を呼び込むコミュニティーが生まれ、住民トラブルも少なくなったという。

店にも多くの移住者が食事に訪れる。店では当面の生活費を稼ぎたい人をアルバイトとして受け入れるようになった。最近は新型コロナウイルスの流行を受け、注文をスマートフォン上で料理を選ぶ方式に切り替えた。会員登録をすればテーブル上でクレジットカード決済ができる。店員と客の接触を減らそうと導入したが、飲食未経験でも働きやすいと好評で、仕事や滞在期間の都合に合わせて1週間から数か月だけ働いている人もいる。
「働き口が少ない能登では、職場を用意するのも大切なんだなと思うようになりました」と浅井さんは感慨深そうだ。

今は移住者の中では新しい人が来ると「まずあさ井に行け」とすすめる流れになっているのだそう。一方で浅井さんは地元もよそ者も分け隔てなく接することを忘れない。
「どこから来た人でも、珠洲や『あさ井』という舞台に立った以上は、できることを全力で取り組んでほしいんです」
失敗も大事な経験だという浅井さん。厨房のアクシデントもスタッフみんなで笑いのネタに変えて楽しんでいる。

 

 

足りないものを補う人脈を

 

浅井さんが店主になって12年が過ぎた。先代からのお客さんも変わらないが、今は遠方から「あさ井」を目指してやって来る人もいるという。

「飲食店が少ない珠洲では、『あさ井』が珠洲のイメージを決めてしまう」と観光客にも気配りを忘れない。オープンキッチンの厨房から話しかける店員の親しみやすさも魅力のひとつだ。
長年にわたり、地元と「よそ者」の橋渡しを手掛けてきた浅井さん。これから移住する人へ、この街でのコミュニケーションの極意を尋ねると少し悩んだ後、次のような言葉が返ってきた。
「気の合う人ばかりではなく、自分たちに足りないものを補ってくれる人脈があると良いです。人が少ないのですぐに出会えます。あとはどこでも同じですが、真面目に働いて仕事を徹底的にやることですね」
自身も休日は県内外の飲食店を訪ねて経営者と仲良くなり、店づくりの勉強を続けている。奥能登のいい食材を味わってもらいたいという思いは、多くの人を珠洲に招く好循環を生み出している。

 

取材協力 ろばた焼あさ井
所在地 珠洲市飯田町16−10-2
営業時間 17:00~22:00 (料理L.O. 21:30 ドリンクL.O. 21:30)
定休日 日曜(祝前日は営業)

ろばた焼あさ井

珠洲の中心街で半世紀近く営業する人気店。地元の新鮮な魚介や山菜を用いた料理が名物。