日本一の能登牛目指す「元ニート」の挑戦

平林将さん(株式会社能登牧場専務取締役)

日本海に大きく張り出した能登半島。その背骨にあたる里山で、ブランド牛「能登牛(うし)」が育てられているのをご存知だろうか。とろけるような脂身と濃厚な味わいが魅力の牛肉は、県内のホテルや料亭のメニューにすっかり定着し、観光客からの知名度も高まっている。
どのような場所で、どのような人が育てているのだろうか。おいしさの秘密を教えてもらうため、最大の出荷量を誇る「能登牧場」(能登町)を訪ねると、専務取締役の平林将(まさる)さん(40)が事務所で出迎えてくれた。群馬県出身で10年前に能登に移住したという。「10年前はニートだったんですよ」驚きの発言だが、終始穏やかな口調で、いきさつを語ってくれた。 

 

焼肉が身近な石川で地産地消を

 

海の幸の印象が強い石川県だが、人口10万人あたりの焼肉店の店舗数が日本一多く、焼肉文化の先進地でもある。能登牛は県内の生産者が大切に育ててきた牛だが、多くの人が知るところとなったのは、2015年の北陸新幹線開業によるところが大きい。

平林さんが能登にやってきたのは11年。新幹線開業を控え、陸の名物を発信しようと考えていた県の構想を追い風に能登牧場は開業した。

「焼肉などの販売店が多くて、牛肉の地産地消に向いている土地だと思います、大都市から離れているので独特の食肉文化が形成されていると思います」

いま能登牧場では1000頭以上を育てられる牛舎を備え、シェアは能登牛全体の3割を占めるまでに成長した。22年には和牛のオリンピックと呼ばれる品評会「全国和牛能力共進会」で県内勢初となる優等賞に輝くなど味の面でも着実に評価が高まりつつある。海産物だけでは物足りなくなった観光客のニーズに応えられる食材として、県内での人気も厚い。

「本当は日本一になりたいんです。まだまだだと思っていますが、東京の取引先も増えてきました」語り口は静かだが、平林さんの見せる笑顔に喜びが伝わってきた。

 

夢は会計士?紆余曲折あり酪農家に

 

平林さんは祖父の代から70年以上畜産業を営む家で育った。消費地に近い群馬は牛を始めとした畜産・酪農が盛んな地域。やはり幼い頃から牧場主を目指していたのだろうか。

「そんなことはありませんね。実は公認会計士になりたくてずっと勉強していたんです」

都内の大学を卒業後、大学院に進学。ひたすら資格取得を目指していた。勉強していたとはいえ「生活はほとんどニートだった」と平林さんは苦笑いする。
29歳まで夢を追い続けた平林さん。そんななか舞い込んできたのが能登牛と牧場開設の話だった。実家の会社に石川県の担当者が牛を育てるノウハウを求めて訪ねてきたのだ。
それまで能登には一度も行ったことがなかった平林さんだったが、次第に牧場経営に興味がわく。さっそく現地へ赴き、騒音が少なく自然豊かな環境が牛に適していると確信を得た。

実家の助けを借りながら技術を習得し、2012年に会社を設立。2014年に最初の牛舎が竣工した。牧場は県の試験場に隣接し、周囲には人家が全くない。
「近くに人がいないことで、牛へのストレスも減るんです。とてもいい場所だと思っています」

2020年には4棟目の牛舎が完成した。新型コロナウイルス感染症の流行下で一時的に出荷量は減ったものの、回復する需要への備えは万端というわけだ。

 

頼り頼られ、能登はやさしや?

 

牛にとって最高の土地だという能登だが、県外出身の平林さんはどう感じているのだろうか。

「真面目な人が多いなと感じています。ずるい人がいないんですよ」

移住直後は地元の人の迷惑にならぬよう控えめに行動してきたが、近所の人に「もっと人に相談するこっちゃ」と言われ、能登人の懐の広さに驚いたという。
地元では経験したことのない積雪や、ペーパードライバーゆえの苦労などもあったが、今ではすっかり能登に馴染んでいる。
「利害関係ではなく、頼り頼られることを大切にする風土なのかなと思っています」


 

大原則は「牛を見てから」

里山で健康的に育った能登牛。オレイン酸を多く含み、脂の質も優れている。牧場では牛のストレスを減らすため、農機具やトラックを動かすのは1日4時間までにするこだわりようだ。

「ストレスが減ると、病気のリスクが減る。おいしい肉ができるんです」

エサは「ふすま」と呼ばれる小麦の外皮などを用いたものを基本に、加える食材や与え方に工夫をこらしている。ベテランである父のアドバイスも受けたが、経験を過信せずデータを取って検証しているという。科学者のようだが、父の経験則が実証できるのが面白くなっている。今では作業のほとんどを理論的に説明できるようになってきた。

「でも原則は牛を見ることからです。イレギュラーを見逃すことのないよう、あえてマニュアルは作りません」
家族経営でなく法人の能登牧場は、外部からの就職者を受け入れやすいのも特徴だ。今では多くの若者が働くようになり、将来は能登牛の担い手になることも期待されている。

豊かな里山に育まれる能登牛。濃厚な味わいは、平林さんの確かな実績と、人も動物ものびのびと暮らす能登の風土の賜物だった。