若き店主、都会を飛び出す 地元密着フランス料理

のとのフレンチ ひのともり(七尾市小島町)

七尾市の港近く。真夏の潮風が漂う静かな住宅地に、入りやすい店構えのフランス料理店がある。
取材の待ち合わせはランチタイムが終わったばかりの午後。厨房から若い店主がにょきっと顔を出した。
彼が能登の魅力にひかれて店を出してしまった、都内出身の日野貴明さん(25)だ。

料理の道に入るきっかけは、幼い頃に食べた祖母の味だ。特別な調理ではないが、季節の食材に合わせて毎日変わるメニューに魅了されたという。
「同じことの繰り返しになる仕事はやりたくない」自身も大学中退して都内の有名料理店スタッフに転身した。
修行を積んだあと、ワーキングホリデー制度で訪れた奥能登が、人生を変えた。
「食材が豊富で空気もいい」働いていた民宿の一角を借りて期間限定のフランス料理店を開くと、能登では珍しいフランス料理ということで地元新聞にも取り上げられ人気を集めた。
いつかは自分の店を持ちたいと思った矢先、民宿の女将から「七尾で飲食店の居抜き物件が出るそうだよ」と願ってもない話が舞い込んだのだ。
そこから店の改装や材料集めに奔走。貯金がみるみる減り開店までは「ポテトチップスを買うのも躊躇するようなひどい生活でした」と日野さんは笑う。

それでも開店すると、能登の旧知の友人が続々訪れ、時を待たず、噂を聞きつけた近所の人が押し寄せるようになった。今ではすっかり地元の主婦の憩いの場になっているという。
能登産の魚介やキノコ類、野菜を生かした旬のメニューを取り揃え、地元食材の魅力発信を兼ねたイベント出店にも積極的だ。
「名物はコレって言えないところがもどかしいです」と頭をかく日野さんだが、ずっと同じでいたくないという彼のポリシーなのかもしれない。
「能登は誰でも受け入れてくれる優しさがある。この店もそんな場所を目指したいですね」。
ランチでひと仕事終えたばかりの彼は、また楽しそうに厨房へ戻っていった。穏やかな風土の能登で、若手シェフの評判が少しずつ広まりつつある。