若者を呼び込み福井の農業を次の世代へつなぐ

池田天瑠さん(ICHIGOOJI)

2019年に兵庫から福井に移住した「ICHIGOOJI」のオーナー池田天瑠(いけだ てんる)さん。大学在学中にイチゴ農家としての起業を決意し、両親と一緒に坂井市春江町に移り住んだ。現在は観光農園「ICHIGOOJI」の運営やイチゴ販売のほか、地元飲食店とコラボした商品企画やフェイスマスクの開発など多彩な分野で活躍している。

 

「衰退していく農業だからこそ、若者が手をあげることでチャンスが広がる」と若い世代に農業の魅力を広げ、農園では地元大学生の雇用や、若者向けのイベントに注力。地域に溶け込み、さまざまな事業を進める移住5年目の今に迫った。

 

内定を辞退し、経験ゼロで挑んだイチゴ農家の道

池田さんが福井への移住を決めたのは、大学4年生の夏ごろ。東京の上場企業への入社が決まっていたにも関わらず、内定を辞退してイチゴ農家の道を選んだ。進路を大きく変えた背景には「土のそばで農業に携わりたい」という強い気持ちがあったという。

 

「叔父が稲作農家として働いている姿を見て、農業に携わりたいと興味を持ちました。内定をもらっていた会社では農業関連の人材派遣事業に携わる予定でしたが、実際に自分で身体を動かして農作業をする仕事に就きたいという思いもあったんです。迷った結果、農家として自分の田畑を持ちたいという思いが強くなり、入社を辞退して農業を始める場所を探し直しました」

 

そんな池田さんの目に留まったのが福井県。他県に比べ、新規事業の独立支援や若者の就農支援が手厚いことが地域選びの決め手だった。

 

「農業のなかでも米作りに興味があったのですが、よその地域から来た若者に田んぼを貸してくれる人はなかなか見つかりません。そんな時にたまたまJAが坂井市春江町で、イチゴ栽培を行うビニールハウスのリース事業を募集していたので、『これはチャンスだ』と手をあげ、移住場所が決まりました」

 

農業がさかんなイメージが強い福井だが、実は日射量がかなり低く、イチゴ栽培に適しているとはいえない土地だ。しかし、事業が決まってからハウスができるまでの1年半から2年間、池田さんはイチゴ栽培で有名な関西屈指の農園で1から10まで勉強させてもらい、そのノウハウをしっかり吸収した。

 

集落の行事に日帰りで参加

イチゴ栽培の勉強と並行して始めたのが、春江町での家探し。「農業のような土地に根付いたビジネスを始めるのであれば、まずは地域の人に自分を知ってもらう必要がある」と考えた池田さんは、春江町で集落の行事があるたびに京都の研修先から日帰りで足を運んだ。

 

「集落には住民総出で行う『田んぼの泥上げ』という行事があるんです。ほかにも掃除やゴミ拾いなどの集まりが定期的にあります。行事がある週末は、京都から日帰りで参加するようにしていました」

 

集落の集まりで地域の人たちとコミュニケーションを取っているうちに「どのあたりに住むの?」「どんな仕事を始めるの?」と気にかけてくれる人が増えてきた。池田さんが住まいを探していることを伝えると、「近々〇〇さんの家が空き家になるかもしれない」と紹介してもらったそうだ。

 

「都市部とは異なりネットで検索しても出てこない物件が数多くあります。現地に足を運び住民と話すなかで、ネット上には掲載されていない情報をキャッチできることも。自治体の空き家バンクに登録されている物件に住めば補助金の対象にはなるので、まずは移住の初期費用を抑えるために、市町村に空き家バンクの物件を紹介してもらうのもポイントだと思います」

 

さらに先輩農家から「作業時間が長くなりがちな農業は、家族経営で始めるのがスムーズ」とアドバイスをもらった池田さんは、2019年に両親とともに移住。2020年4月にICHIGOOJIをオープンし、代表取締役に就任した。イチゴは「乙女」「姫」などの名前の品種が多く、女性的なイメージが強いが、農園にはあえて「オウジ」と命名。農園の管理は一緒に移住した家族とともに行なっている。

 

ナイト営業や婚活イベントで若い世代を農園に呼び込む

ICHIGOOJIでは観光農園ではめずらしく18時から21時にイチゴ摘みができる「Strawberry Night」が人気だ。開業当時からナイト営業を行ってきた池田さんは、夜の時間帯に農園をオープンする理由を2つ教えてくれた。

 

「1つ目の理由は、農園の近くのゆりの里公園が年間を通じてイルミネーションをやっていることです。ICHIGOOJIもゆりの里公園に合わせて夜もオープンしたらおもしろいのではないかと思いました。

2つ目の理由は全国のイチゴ農園を視察したときに、どこも昼しか営業していなかったこと。差別化にもなるし、夜にイチゴ摘みができたら学生や女性のお客さんに喜んでもらえるのではないかと考えました。それに、イチゴを育てるには、たくさんの日射量が必要なので、夜間もハウスの中は電気がついていて明るいんですよ。これらが理由でナイト営業にチャレンジしました」

 

ナイト営業のほかにも婚活イベントやDJを呼んだイベントを開催するなど、ICHIGOOJIには若い世代を集める仕掛けがいくつもある。「やりたいと思ったことはとにかくやってみる。収入の柱は何本もあったほうが安心」と話す池田さんは、ブランドイチゴの栽培や、イチゴの美容成分を入れたフェイスマスクの開発を進めている。数年後にはハウスを増設し、海外向けの商品開発を計画しているそうだ。

 

農業の魅力を伝え、次の世代にバトンをつなぐ

県の移住サポーターに任命されている池田さんは、東京や大阪などで講演をする機会も多い。講演のテーマは「農業の魅力」。ICHIGOOJIでは興味を持った県外出身の社会人や大学生をスタッフとして受け入れており、現在は10〜20代の若手スタッフが働いている。

 

「少しでも興味を持ってくれる人がいるなら、ICHIGOOJIで実際の農作業を体験してもらいたい。『商売敵になる』という考えもあるようですが、技術やノウハウを学んでもらうことには全く抵抗がないですね」

 

ICHIGOOJIで働く大学4年生のスタッフは、卒業後に農園の正社員になる予定。群馬出身の彼は大学に通いながらアルバイトとして栽培や顧客対応を学び、ゆくゆくは独立も視野に入れて活動しているという。池田さんは家探しをフォローしたり、経営のアドバイスをしたりするなど独立をバックアップしていきたいと話す。

 

「私自身も独立当初は資金がなくて、作業人員の確保や設備投資がなかなかできず苦労をしたことがありました。だからこそ、新規就農者が自分のやりたいことに集中できるように、支援や手助けができればと思っています」

 

池田さんが若手農家の支援に力を入れるのは、自身も起業当初に県内の農家や経営者に助けてもらったからこそ。「協働先を紹介してくれたり、販路開拓を手伝ってくれたり、いろいろな人に助けてもらってきた。人があたたかいのは福井の地域柄」と5年間の軌跡を思い返してにっこり笑う。

 

「この先農業に携わる人がどんどん減っていくのは明らか。若手農家を増やす活動を続けて、みんなでビジネスができる環境を作っていけたら、福井も農業界もさらににぎわうはずです」

 

若い自分を支えてくれた人たちの思いを、次につなぐのが池田さんの使命。手を差し伸べてもらった側から手を差し伸べる側へ、福井で受け取った温かいバトンが次の世代へ渡されていく。

 

取材・文 虎尾ありあ

ICHIGOOJI https://www.ichigooji.com/