大野を舞台に、誰かにとってのきっかけをつくる

桑原 圭さん(編集デザイナー)

地元である大野市にUターンし、フリーの編集デザイナーとして活躍する桑原圭さん。

企画やデザイン、撮影や執筆まで一人でなんでもこなすスタイルは地方ならでは。個人での仕事の他にも、地元の仲間と会社を立ち上げてホステル「荒島旅舎」の運営も行っている。

「個人の仕事もホステルも含め、誰かの新しいきっかけを作る仕事だなと、自分ではそう思ってます」

大野という街の魅力

福井市から車で40分ほどの距離にある大野市は、豊かな自然に囲まれた人口3万人ほどの小さな城下町。

「大野は暮らすにはめちゃくちゃいい街です。特に子供を育てるにはいい環境やなって。うちは街中と少し離れた場所にあるんですけど、家の前にバーンと田んぼがあるとか畑があるとか、そういう環境もすごくいいなと。あとはわかりやすく水も美味しいですね。でも水のよさは大野の人にとっては日常なので魅力というより暮らしが豊かなんだと思います」

ホステルを始めたことで、より大野の魅力を感じるようにもなったという。

「自分自身がホステルにいることによって、街のことを知れたというのは自分にとってもよかった。普通に歩いているだけで話せる地元のおじちゃんおばちゃんが増えたり、商店街の一員になれたということが、場所を構えた価値だったかなと思います。そういう人たちの存在は、どんどん他の人にも紹介したくなりますし。また、ホステルの1階は貸しスペースにしてるんですが、最近では大野市内外の人がどんどん企画に活用してくれるようになっています。その中で人の交流も自然と生まれているし、自分たちが狙わなくても新しいことが生まれるような状況が起こってきた感覚はあります」

東京でデザインに打ち込んだ20代

もともとは関東の大学で建築を学んでいたという桑原さん。卒業後は都内の建築事務所に就職するも、かねてから興味のあったデザインがしたいという気持ちから転職を決意。専門領域ではなかったため、広告代理店でアルバイトをしつつ、図書館に通いながら独学でデザインを学んだ。念願叶って就職したデザイン事務所では、7年を過ごした。働く環境としては決して楽ではなかったが、それでも仕事は楽しかった。

 

Uターンのきっかけ

地元へ帰りたいという思いは以前から持っていたが、2011年の東日本大震災をきっかけにその思いを強くした。東京で働く自分と、地元で暮らす家族。震災を機に、思っていた以上にその距離が離れてしまっていたことに気づき、翌年の2012年には大野へとUターン。地元での新たな生活を模索し始めた。

 

帰ったのに、帰れてない?

大野へのUターンが叶ったものの、具体的にどんな仕事をするかは決まっていなかった。そんな中ハローワークで仕事を探すのはなかなかに大変だったという。

「はじめは大野市でできる仕事を探してハローワークに行ったんですが、ハローワークの求人票はエクセルの一覧がほとんどじゃないですか。だからどんな企業なのかがわからなくて。ましてやデザインの会社なんてそこでは見つからず。結局、福井市にあるイベント会社に就職したんです」

大野に戻ってきたとはいえ、仕事のために福井市へ通う日々。

個人的に参加した大野市のまちづくり事業のなかで、大野というまちと向き合いながら地域の中で活躍するプレイヤーの面々と出会い刺激を受けながらも、自分は仕事の関係で土日も忙しく、なかなか大野のことにしっかりと関われないことにフラストレーションが溜まっていった。「ちゃんと大野に戻りたい」。そんな気持ちが日に日に募っていったという。

独立したら、悩みがなくなった

せっかく東京から地元へ戻ったのに、地元と関わりきれていない感覚。そんなもやもやとした気持ちを払拭すべく、就職ではなく独立を決意した桑原さん。先に独立して地域の中で活躍する知人たちの姿をみて、どこか羨ましい気持ちもあったという。

「ぼく、20代のころからノートにいろんなことを書き留めていたんですけど、20代前半の悩みと福井に戻ってきてからの悩みって結構似ていたんです。『やりたいことがやれてない』っていう。で、39歳で仕事を辞めたら、悩みが全部なくなったんです。結局、踏み出すかどうかっていうことでしかなかったんだなと気づきましたね」

 

見えてきた地域の課題とこれから

独立したことでいろんなものがすっきりして視点が広がってくると、今度は地域の課題がよく見えるようになってきた。街に残る古い銭湯。商店街の食堂。愛おしく、誰かに紹介したくなるそれらの場所や人も、現実問題として10年後に残っているかどうかわからない。新しくできるお店もあるが、減っていくスピードのほうが圧倒的に早い。否が応でもまちの人口が減っていくなかで、いま考えているのは企業と人の間に入って地域の中の働き方の選択肢を増やすこと。

「一人の人間がいろんな仕事をするのが当たり前の時代になってきて、この日は農業、この日はIT、みたいな働き方もできるようになる。専業で働いてほしいという企業ももちろん多いけど、その考え方も自分たちが間に入ることで少しずつ変えていけたら」

地域にどっぷりと入り込むなかで、企業の魅力を知り、また多様な価値観をもって地域を訪れる人々とも出会った。働くことをもっとカジュアルにしながら、大野というまちで暮らす人が一人でも増えることを願っている。

 

移住を検討されている方へのメッセージ

「ありがたいことに、勢いで大野に移住してきちゃうという人も割と多かったりするんです。それ自体は嬉しいことだしある程度はフォローもできるんですけど、その人自身の生きる力は必要だなと思います。賑やかで、わーっと盛り上がる1日はイベントなどの特別な1日でしかない。普段は静かな街なんです。それでも大野の暮らしに魅力を感じてくれるなら、それほど嬉しいことはないですけどね。もちろん、向き合っていかないといけない課題もたくさんある。だから、課題を一緒に考えたり面白がれる人はぜひきてほしいと思いますね。とはいえ移住するうえで仕事というのも大事なので、働き方の選択肢を増やせる場所をつくったり、ここで働けるよっていう場所にちゃんと案内できる自分でありたいなとは思います」