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起業への近道になるかも!?

有限会社住空想建築工房 / 起業を目指すリフォーム営業マン

インタビュー記事

更新日 : 2023年08月23日

提案することが私たちの仕事です。ーージクソーパズルを完成させていくように、お客様の理想を具現化した最適な空間を提供したい。そんな想いから、”住”宅を”空想”する【住空想(ジクソー)建築工房】を設立した田中寿一(ひでのぶ)さんは、まちのさまざま空間をデザインすることで、明石に新しい風を次々と取り込む地域の風雲児。そんな彼が今回インタビューで語ってくれたのは、創業に至るまでの苦難や数々のドラマ。そして、明石のまちづくりに対する秘められた熱い想い。経営者の生き方、会社や人材、地域に対する想いを伺った。

有限会社住空想建築工房 事業概要

2002年に神戸市西区でリフォーム工事専門店として創業。その後、2012年に明石へ事務所を移転し住空想建築設計事務所を設立。2015年には一級建築士事務所となる。工務店としての施工だけではなく、提案+設計+デザイン+施工を一貫して携わる事業形態へとカタチを変えながら、現在は、マンションや戸建のリフォーム工事はもちろん、店舗や商工業施設の改装・デザイン・リノベーションをメインに事業を展開する。お客様のニーズに沿った最適な空間をトータルコーディネートする、地域で高い支持を得る唯一無二の工務店である。

【さまざまな逆境を跳ね除けながら】

 

明石駅から南へ徒歩10分ほどの相生町にある住空想建築工房。建物の4階オフィスへお邪魔すると、”ここは本当に明石の工務店なのか”と驚かされるほど、そこには洗練された空間が広がっていた。慣れ親しんだ明石のまちから、都心のお洒落なオフィスにワープしたような違和感は今も忘れることができない。それほど良い意味で”明石に似つかわしくない場所”に迷い込んだようなインパクトは強烈だった。

 

 

心地よいゆったりとしたBGMが流れる中、代表取締役の田中社長が笑顔で出迎えてくれた。

 

まず、会社HPから得た情報を基に創業の背景について聞いてみると、「アカシズカンさんには正直な話をしましょうか」と言いながら、現在に至るまでの経緯を赤裸々に語ってくれた。

 

「創業の経緯を簡単にお話しすると”借金返済の為”です(笑)。20代の頃は不動産営業をする会社員でしたが、抱えていた借金は、当時の収入ではまかないきれないほどになっていました。幼馴染の顧問弁護士に相談し、思い切って自分で商売をするという方向にシフトチェンジしました。まだ若いしやり直しがきくうちに”一旦、自己破産しよか”と(笑)」

 

衝撃的な過去を包み隠さず話してくれた田中社長の、”底抜けの明るさ”がとても印象的だった。

 

その後、工務店での独立を目標に掲げた田中社長は一念発起。職人としてひたすら現場で腕を磨く日々を送る。

そして、経験と実績を積み重ねながら最初の転機が訪れたのは、とある知人と始めることになった共同経営での工務店創業だった。

当時の出来事を田中社長はこのように振り返る。

 

「要は創業資金や運営費用を知人が準備し、経験と知識を私が提供するというカタチの工務店創業でした。必死に頑張ったこともあり、工務店は右肩上がりに成長して、どんどん収益も増えていったんですが…。軌道に乗り始めた頃から相方が一変したんです。高級車をたくさん買いだしたり、豪勢に遊びだしたりと、典型的な”良くないお金持ち生活”を始める。もちろん良い時はいいんですが、この業界は波が激しいので悪い時もあります。そんな時に会社を守ろうとせず不満や文句ばかりをいう相方に、正直疑問を抱いていました。」

 

そんな矢先、田中社長に願ってもない魅力的なオファーが届く。不動産業を営む知人からの依頼で”リフォーム事業部を立ち上げたいのでぜひそのメンバーに”との話だった。

安定した高収入に加え、当時抱えていた弟子1人の給料までしっかり補償するという魅力的なオファー。しかし、結果的にその話は断ることになったという。

 

「忘れもしないけど、当時若いの(弟子)に相談すると、”だったら一か八か自分たちで良い商売しましょうよ!”と言われたんです。安定した収入を渡せないかもしれないぞと話したんですが、やりましょう!と。お前がそう言ってくれるならということで、独立を決めました。これが住空想建築工房の真の始まりです。」

 

このように、創業に至るまでのいきさつを正直に語ってくれた。

また、工務店という仕事を選んだ理由については、「一から全て納得のいくもので勝負がしたい」という熱い想いから。「自分の意志で形にし、お客様に提案することで全ての責任を負うことができる。フルコミッション可能な仕事をすべきだ」と感じたからだそうです。

 


 

【寄り添う気持ちと、建築のプロとしての誇り】

 

【住空想建築工房】の仕事は一貫してクライアントへの提案から始まる。提案において最も大切にしていることは「その空間におけるベストを導き出す」こと。コンセプトや機能性、デザイン、費用面などさまざまな観点からアプローチし、最終的にクライアントが求める条件を満たした最適空間を具現化していく。

 

田中社長はこの提案するという過程こそが、【住空想建築工房】最大の強みと語る。そして、互いの主張の中でベストを見出せなければ、やむなく工事を断ることもあるという。

 

「例えばお医者さん行って、”風邪やね”って言われたら、”え、俺風邪ちゃいますわ”と言わないでしょう。やっぱり建築のプロとして、お客さんがやりたいって言ってるけど、それが不向きなもの、機能性が悪いものに関しては正直に伝えますし、平気で断ったりもします。これがプロとしての責任だと思っています。

 例えば、1000万円のコスト捻出が限界で、やりたい内容は1500万円相当の案件があるとしたら、借りてでも500万円用意してくださいと伝えます。 要はそのコスト内で仕上げようとすると中途半端になってしまう。必ずうまくいかない先が読めるんです。仮にどうしても費用が出せないなら、事業モデルを変えませんか?というところまで入り込んだ提案もしますね。」

 

客層や単価はもちろん、サービス動線や照明の照度、空調に至るまで、建物を利用するスタッフやお客様が快適に過ごす事ができるような「機能性」の提案をしたり、利用者の人数や年齢層、家族構成や滞在時間などを基に総合的なデザイン考案も行っている新しいカタチの工務店。【住空想建築工房】は、まさにこの地域にない唯一無二の存在となっている。

 

また、同社は職人が現場監督を兼任しているという業界的にも珍しい特徴を持つ。現場で起きる顧客との認識のズレを防ぎ、要望を確実にカタチにしていくという点において、この仕組みはとても理にかなっていると話す。

 

このように【住空想建築工房】はクライアントと「一蓮托生」となり、夢を共に創り上げていく濃密な関係性を築いていく。飲食店の改装実績なども多いことから、手掛けた全てのお店が”常連店”。田中社長は、「最近増えすぎて大変です。」と満足そうな笑顔で話してくれた。

 

クライアントに確かな実績と安心感を提供する同社だが、創業当時から貫き通してきた想いがある。

それは「我々が店舗などに直接協力できるのは僅か5%だけだ」ということ。

 

「我々がクライアントに提供できるのは、手掛けた空間の代表となるようなキャッチーな区画と快適なインフラの整備だけ。新規出店や改装の入り口だけは我々で、オープン後はそのお店次第。だからこそ、我々はこの5%に全力で取り組む必要があると思っています。」

 

数ある工務店が存在する中で生き残ってこれたのは、お客様目線を忘れない寄り添う気持ちと、プロとしての自覚と誇りがあったから。「先義後利三方良し」という経営理念を掲げながら、クライアントの要望に全力で答えてきた【住空想建築工房】は、明石のまちでたくさんの最適空間を創り上げているが、その裏には田中社長や従業員のたゆまぬ努力や熱い想いが込められていた。

 


 

【自由度が高い働き方の厳しさと魅力】

「うちでの働き方は基本的には自由なんですよ。義務は出社くらいしかないですね。でも現場に直行もオッケーなので、そうなると義務がなくなりますね。(笑)」

 

働く環境について聞いてみると、緻密に計算しつくされた管理体制かと思いきや、予想とは違った答えが返ってきた。田中社長は、今の時代にはこの労働状況は従業員には不向きなのかもしれないが、生産性を最も重視するうえで、従業員たちの自由度は高いほうがかえって良いと話す。

 

 

「自己管理がしっかりでき、結果を残すことができるのであれば、うちの職場は最高の労働環境だと思いますよ。その代わり、働き辛いという言葉がでないような工夫は常にしています。例えば、生産性を機械でまかなえるような業種ではないので、従業員が使う道具は常に最新鋭のものを提供しています。要は、道具がないからできない、車がないから行けない、休みがないからできないという声を従業員からは聞きたくないんです。本人の腕やスキルを磨いていきたい向上心や成長意欲があればできないことはないと思っています。”できない理由をさがすよりも、出来る方法を考える”。これが弊社のスローガンでもありますから。」

 

レールが引かれていない分、自由度が高い。その反面結果が出せなければやりづらさはある。同社での働き方について正直に語ってくれた田中社長。

また、自分自身が建築の専門学校や大学の建築学科出身ではなく、0から全てを培ってきた経験があるからこそ、ある種、会社に求める人財像の「ロールモデル」は自分自身だと話す。

 

「なんの知識も技術も持っていない僕が今の会社を創り上げたことは、従業員たちにはある意味”大きなハードル”になっているかもしれません。社長に面と向かって”できません”とは言えないじゃないですか(笑)。もちろん仕事をするうえでできないことは多々出てきますが、その時どういうスタンスを取り、どのような考え方をするのかという点は、結構チェックしてますね。うちでの仕事は難しく感じられそうですが、少し考え方を変えると、望むこと全てを教えてあげられる。こんな素敵な環境が整っているとポジティブに捉えてもらいたいですね(笑)。」

 

自分の進むべき道や方向性を見つけることで、どんな事にもチャレンジでき、全力でサポートしてくれる体制が整う同社。

また、給与に関してはこんな意見も。

 

「うちは比較的良い給与を提示していると自負しています。僕が常に思っているのは、従業員が同業種の平均年収よりも下というのが嫌で。能力や結果次第では昇給も常に考えています。というのも、やっぱりお金がないと我々の仕事の知識を増やしにいけないと思ってるんです。しっかり稼いで、プライベートではハイブランドのお店にも行けるようにする。そこでハイブランドのデザインを知る。高級店で食事ができれば、高級店とはどんな空間なのかを知ることができる。生活レベルが上がれば必ず仕事に活きてくると思ってるんですよ。」

 

このように、今よりもっと自分を高めていきたいと思っている人財にはピッタリの会社といえるだろう。

 

【明石をもっとおしゃれなまちへ】

 

最後に【住空想建築工房】のこれからの展望や、田中社長の夢について伺った。

企業としてまず目指すのは、地域シェアの拡大が先決と語る。

 

「企業として目指したいのは、まず、地域のシェアをもっと大きくすることです。ちがう地域の企業であればなおさら、『明石のデザインはできない。』とか『明石には住空想さんがいるでしょ。』と言われるくらいまでにしたいと思っています。もちろん選択の自由はありますし、うちでできないこともあるのでコラボとかでもいいですけど。でも”そう思われたい”というのが本心ですね。」

 

近年は地域シェア拡大の為に、”工務店らしくない”おしゃれなユニフォームを着用したり、社用車を”特徴的なハードカーゴ”に変えたりと、企業ブランディングにも注力している。たしかに明石のまちを歩いていると「あ、住空想だ。」と一目でわかるようなものが増えてきている印象だ。

 

 

「工務店って”コテコテの作業着”に”白の計四やハイエース”が一般的。でもうちに仕事を頼んでくれるクライアントには、やっぱり”ワクワク感”を持ってもらいたいし、良い仕事をしてくれそうだなという期待感を持ってほしいんです。見た目が全てではないけど、もっとたくさんの方に知ってもらって、より地域に根差した工務店を目指していきたいですね。」

 

このように今後の展望について力強く話してくれた。

 

また、モノづくりに携わる企業、人として「店づくりでまちを変えていきたい」という素敵な夢を語ってくれた田中社長。

 

「明石をもっとおしゃれなまちに変えたいというのが私の夢です。かといって全て新しくなくてもいい。言葉は悪いですが、ボロくてもいいんです。明石に住む人たちが誇れるような街並みに変えていくことで、まちの何か根本が変わればなと思っています。」

 

他地域へのアクセスのよさ。海も山もある自然の豊かさ。美味しい食べ物。明石は全国に誇れるとても素晴らしいまちと話す一方で、変えていくべきこともあると話す。

 

「明石って基本、新しいものを積極的に受け入れないまちという印象があるんです。歴史や文化を大事にすることはとても重要ですが、大事にしすぎたり守りすぎたりする面が多々見受けられると思っています。新しいものが入らなければ。必ずまちは衰退する。この想いがあるからこそ、私が志すのは”明石に新しいものを入れる先駆けになる”ということです。」

 

実際、【住空想建築工房】で手掛けた店舗などは、良い意味で”明石っぽくない尖った造り”になっていることが多い。これは、明石にどんどん新しい風を取り込みながら、今の時代に見合った新しいまちづくりを手掛ける同社の強い信念であることが伺える。

 

これからも【住空想建築工房】は、クライアントのニーズに答えながら、明石にたくさんの最適空間を創り出していくに違いない。そして、その先に目指す新しいまちづくりはどのような展望を見せてくれるのか。これからも【住空想建築工房】に期待したい。