明石の魚を全国に広めていく“エンターテイナー”
(株)海蓮丸 代表取締役 戸田 祐平明石の魚を全国に広めていく“エンターテイナー”
(株)海蓮丸 代表取締役 戸田 祐平
「肩書」とは恐ろしいものです。面識のない人物がどんな人なのかをイメージする場合、一つの参考にするものが「肩書」ではないでしょうか。今回紹介する人物の「肩書」はこちら。
「株式会社 海蓮丸 代表取締役」、「卸売業、飲食業、釣り船サービス業、料理教室、イベント運営など多数の事業を展開する会社社長」
この肩書を見てどのような人物像が浮かび上がりますか?筆者が思ったイメージはこれ。“ビジネスの匂いがプンプンと漂う、超やり手の曲者”。言葉は悪いが、あながち的は外れていないはずです。「魚を釣る→卸す→食べる→イベント」という風に、ビジネスモデルが自社で確立されている立派な「肩書」。今回の取材は手強そうだとすぐに思いました。どんな規模の会社であっても、「会社の代表」と会う前は緊張と高揚があります。一体どんな人だろうか。本心を引っ張り出せるだろうか。
期待と不安を胸に取材に向かった筆者は、その人物を一目見た瞬間、そして取材を終えその場を去った後、「肩書」とは本当に恐ろしいものだと痛感しました。
「株式会社 海蓮丸 代表取締役 戸田 祐平」は、“海に愛され、人に愛されるエンターテイナー”でした。
生まれも育ちも明石。海が近く、祖父も父も漁師だった彼の将来は幼いころから決まっていたようなものでした。漁師になりたいと思っていたわけではなかったが、漠然とそうなるものだと感じていたそうです。幼いころから遊ぶのが大好きで活発。
「小学2年生で勉強はやめました。漁師になるし勉強はいらない。好きな女の子ばかり見てましたよ。」と屈託のない笑顔でジョークを飛ばしながら幼少期を振り返ってくれました。
本格的に漁師という職業に就いたのは水産高校を卒業してすぐ。19歳には家業で行っていた「底曳き網漁船」でタコやカレイ、アナゴなど地元明石を代表する魚たちと向き合っていました。そして漁師として過ごしてきた月日はおよそ20年。明石の海を知り尽くすには十分な時間でした。燃料高騰の大きな影響を受けたこともあれば、環境問題で魚自体の数が減り漁獲量が減少するなど大変な時期もあった。漁師を続けていくのは厳しいと“丘に上がってしまう”同僚や後輩も多くなったが、今までなんとか頑張ってこれたという戸田さん。
幾多の荒波を超え、一緒に漁業に取り組んできた漁師仲間については
「ここの人間は仲間意識が強くて大好きなんです。こんなところにこんな魚がおったよ。とか、情報交換も頻繁にするし。だけど“男”に生まれたからにはアイツらよりもっと!っていう負けん気もみんな強いね。お互い切磋琢磨しあえる家族みたいな関係やね。」と話してくれました。
長年、漁師として海や魚と向き合いながら過ごしてきた戸田さんの胸にある思いが芽生えます。
(もっと明石の魚を色んな人に知ってもらいたい。自分が釣った魚、運んだ魚を誰がどんな顔をして食べているんだろう。)
無邪気な本能がそうさせたのか、ビジネスマンとしての「才」がそうさせたのか。彼が乗合船を始めること、飲食店を構えるということは自然の摂理のようでした。もちろん二つの事業は大成功。連日多くのお客さんが足を運び、「海蓮丸」という名前は市や県内のみならず、他府県にも広く知れ渡るようになりました。
また本業と並んで、「底曳網漁船クルージング」で実際に網をおろすところや、獲れた魚を仕分けるところなどを見てもらう体験型のツアーをやってみたり、学生の職業体験や企業研修も受けたりと幅広く活動。タコ釣りあそび、ふれあいタッチプールなどのイベントは子供たちに大人気です。最近は釣った魚をどうしていいかわからなくて困っている人が多いからと、漁港の目の前に「釣船の家」をオープンさせ、釣った魚を捌くサービスもなども行っています。
いくつもの事業を成功へと導いている要因はなんだろうか。取材をする前にはわからなかったが今はハッキリとわかる気がしました。
彼は海を愛し、なによりも人を愛していました。
「明石が大好きやしこれからもっと活気が出てほしいね。今はちょうど人口も増えてきてるし。ぼくは人口と一緒に魚も増えてほしいなと思ってる。そうすれば漁師まち、市場がもっと活気づく。経済がもっと潤うんじゃないかな。」と。
こういう考えを持ったり話したりする人は多いが、口先だけで終わらないのが彼の魅力。
ゴレンジャーみたいにしたいと語る派手な釣り船漁船(現在4台4色。最後の船を緑に改装中)や、長年漁師をしてきた確かな実力で釣り人のみならず、たくさんの人を明石に招いている。
また、自費で稚魚を購入し海に放流。海の資源保護活動にも取り組んでいるというのです。もうお手上げ。
まさに魚の「獲る」「見る」「触る」「知る」「食す」全てを網羅しているこの男。“超やり手”という筆者のイメージはピッタリと当てはまりました。
ただ、“ビジネスの匂いがプンプンする”というのは大きな間違いだったと気づきました。
「儲けたいっていう不純な動機から全て始まってるからね!目標は老後にハワイでおねーちゃんの肩を抱きながらビーチでトロピカルジュースでも飲みたいねん!」と大声で話す姿からは、逆に儲けたいという“私利私欲の匂い”は全くしなかった。むしろ、そのあとにぼそっと「でもやっぱり誰かに喜んでほしいっていうのが一番やからね。」と海を見つめながら話す表情や、なによりも嬉しそうに家族の話をしてくれる姿からは“どこか懐かしい香り”や“心地よい人間臭さ”が漂ってくる。いっそ「肩書」を“代表取締役”から“エンターテイナー”に変えてしまえばいいんじゃないだろうか。初対面でそう思わせてくれるほど、とても面白く温かい方でした。
これからも彼は、間違いなく明石の海や魚を守り、人々に笑顔をもたらしてくれるでしょう。
“海のように広くて深い愛”を持った彼ならきっと。